アーカイブス・ヘッダー

 

   

サッカーマガジン 1988年10月号

ビバ!! サッカー!! ワイド版

少年サッカーに新しい時代が
少年大会にクラブ組織の読売ユースSが優勝

勝つことと育てること
二兎を追う読売クラブ!本当の成果は10年後にならなければ

 夏休みの全日本少年サッカー大会で読売クラブの少年チーム(ユースS)が初出場で優勝した。これには、かなりびっくりした。 
 読売サッカークラブができたのは1969年である。このとき東京都リーグの3部に所属する大人のチームとともに、少年サッカースクールもできた。つまり読売クラブの少年サッカーは創設以来すでに20年近くの歴史を持っている。 
 しかし読売クラブは長い間「少年チームで勝つことは求めない」という方針でやってきた。少年のころは、技術を身につけることとサッカーの楽しさを憶えることに重点を置いた方がいい、そのために試合をするのはいいが、勝利を求めるのは良くない、という考えからである。 
 なぜ、勝利を求めるのが良くないかと言えば、大人のような体力作りや高度な戦術を押し付け、成長途上の子どもたちに不適当な指導をするようになりがちだからである。
 しかしスポーツである以上、まったく勝負にこだわらないわけにはいかない。子どもたちに勝負を争うことも体験させないと、面白くもないし進歩も止まる。 
 というわけで、ある程度技術を身につけた素質のある子どもたちで小学生年齢のクラブ代表チームを編成し、対外試合も、やることはやってきた。それでも「勝つよりも育てること」は基本方針だった。 
 ところが数年前に、若手のコーチたちの考えで軌道修正があり「勝利を求めながら育てる」方針に変わった。それとともに成績は東京都の上位に上がってきた。 
 これはなかなかの問題である。
 「勝つことも、育てることも」と言うのはやさしい。しかし現実には、練習し過ぎて、まだ弱い子どもの骨と筋肉に過重な負担をかけたり、チームプレーを教え込んで、子どもたちの自由奔放な創造力が育つのを妨げたりすることになりかねない。 
 勝てば子どもたちもうれしい。親たちもうれしい。だからみんなが幸福になったようであるが、その陰で子どもたちは、すくすくと育つ身体を痛めつけられ、のびのびと広がる心を押さえつけられているかもしない。 
 読売クラブの少年チームが「勝利を求める」ようになったと聞いて、ぼくはひそかに心配していた。東京都の代表になったときいて、ますます心配になっていた。 
 実は読売クラブの指導者たち自身も心配になってきて「適当なところで負けてくれないかな」などといっていたそうだ。 
 よみうりランドでの試合ぶりを見た限りでは、読売クラブの子どもたちは、技術を発揮し、のびのびと試合をしていた。 
 しかし、だから安心かと言えば、そうとは限らない。見えないところで子どもたちは無理をしているかもしれないし、何より大人たちが優勝に有頂点になって、育てることの方を忘れてしまわないかと心配である。 
 二兎を追う読売クラブの試みがうまく行くかどうか、本当の成果は10年後にならなければ分からない。

ツートップ、是か否か?
子どもたちのスポーツは、見よう見まねからはじめよう!

 「ツートップですか? 子どもたちがやりたいといったのでやらせたんです。コーチが指示したわけではありません」 
 読売クラブの少年チームの浜口和明監督が、優勝後のインタビューでこういっているのを聞いて、ぼくは少し安心した。 
 読売クラブの少年チームのシステムは4−4−2のツートップだった。ご承知のようにワールドカップや欧州選手権、あるいは日本リーグでは、最近ツートップのチームが多い。しかし日本の少年サッカーでは、ほとんどがスイーパーを置いた4−3−3ないしはスリーバックの3−4−3である。その中で読売クラブだけがツートップだった。 
 子どもたちのサッカーは、自由奔放にやってもらいたいから、あまりシステムなどを論じたくはないのだが、読売クラブのツートップが大会関係の指導者の間で話題になっているので、ぼくはいささか不安を感じていた。子どもに大人の戦法を押し付けてやらせるのは、好ましくないと思ったからである。 
 ところが浜口監督の話では、ツートップでやろうといったのは、監督ではなくて、子どもたちの方だという。
 子どもたちが「ツートップでやろう」といったのは、大人の試合の見よう見まねであるに違いない。これは、なかなかいい話である。 
 子どもたちは、大人の試合を見て「やってみたいな」と思うものを自分たちで見つけたわけである。これがまずいい。なぜならば、子どもたちのスポーツは、見よう見まねから始まるのがいちばん自然だからである。
 次に、自分たちの希望を監督に自由に言える雰囲気がいい。上から教えられるだけでは子どもたちの自主性や創造力は育たない。 
 第三に浜口監督をはじめ指導陣が子供たちの希望を聞き入れてやったのがいい。勝利だけをめざすのなら監督がもっともいいと思うやり方で試合をさせた方が安全かもしれない。にもかかわらず、あえて経験も知識も少ない子供たちの案を採用したのは「育てること」への配慮だろうと思う。 
 「いいだろう、ツートップでやろう。その代わりツートップでやるためには、こんなことを考えなければならないよ、というようなことは言いました」 
 浜口監督の、この言葉もなかなかよかった。
 子供たちが見よう見まねで自主的にやるのを助けるために、適切な指導はやはり必要である。 
 もう一つ付け加えれば、ここで日本のサッカーの将来などについて生半可な考えを入れなかったのがいい。「優れたウイングプレーヤーを育てるためにはツートップは良くない」なんて言わなかったのがいい。浜口監督自身は、読売クラブの選手だったころは、ウイングプレーヤーだったことを思い合わせると、ますます面白い。 
 大人の考えを子供に押し付けない――これが大事だと思う。

クラブ組織の成果  
清水FCを超えて少年サッカーに新しい時代が始まった!

 これまで少年サッカーを代表していたのは。十数年にわたって静岡県の清水FCだった。 
  清水では、清水市内の小学校から素質のよい子供たちを選抜し、学年別にチームを編成して英才教育をし「清水FC」の名前で登録して全国大会に出場する。登録の形式は単独チームだが、実質は市内の小学校チームからの選抜である。これが、いわゆる選抜FC方式だ。 
 熱意あふれる優れた指導者に恵まれて、清水の子供たちは正しい技術とチームプレーを教えられ、毎年のように優勝していた。清水をまねて選抜FC方式を採用したところも出てきたが、本家の清水FCをしのぐことはできなかった。 
 しかし清水の時代が続くとともに清水のサッカーが型にはまっているように感じられ始めたのも事実だ。 
 初めのころは、清水の少年たちのテクニックがずば抜けていたように思われたのだが、最近では巧みに引き技を使い、浮き球を操る子供が他のチームに目立つようになった。 
 ただ清水は選手の質が揃っていて平均してレベルが高い。スピードがあり、チームとしてよくまとまっている。これは市内の小学校から素質のある子供を選び、優れた指導者が、一貫教育をしている成果である。 
 この清水FCを破って優勝した読売クラブの少年チームは、見た目にも、はっきりプレーの質が違った。こちらは、教えられたというよりも、覚えたサッカーという感じである。 
  相手との1対1の駆け引きがうまく、競り合いながらでも浮き球を巧みに使う。形になったオープン攻撃を組み立てることは少なくて、その場その場のひらめきでつないでいく。実戦で覚えた感じのサッカーである。 
 読売クラブが清水FCを完全にしのいでいたわけではない。スコアは1−0で、試合内容も清水が勝って不思議はないものだった。 だから「清水の時代が終わって読売の時代がきた」とは、とても言えないのだが、これまでの少年サッカーになかった新しいタイプのチームが優勝したことは、やはり二つの転換期を示しているように思われる。 
 読売クラブの少年チームのサッカーは、クラブ組織の一つの成果である。
 読売クラブの子供たちは一つの小学校に属しているわけではないが、清水FCと違って選抜ではない。もともと、どこの小学校チームにも属していなくて、いろいろな地域から任意によみうりランドに通ってきている。清水の子供たちが事実上、小学校とFCの二つのチームに属しているのに対し、こちらは完全な単独チームである。 
 清水の子供たちが、先生方に教えられているのに対し、読売クラブの子供たちは、日本リーグのチームと同じグラウンドで練習し、日本リーグの選手だったコーチに指導されている。日本のトップクラスのプレーを見よう見まねで覚えるわけである。 
 単独小学校、少年団、選抜FCに本格的なクラブチームが加わって、新たな問題も出てきているが、少年サッカーの新風をまず評価したい。


前の記事へ戻る
アーカイブス目次へ

コピーライツ