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サッカーマガジン 1978年8月25日号

時評 サッカージャーナル

ワールドカップの審判

巧妙で汚い反則
 「アルゼンチンが優勝したのは審判に助けられたためもあるね」
 ワールドカップをテレビで見た友人にこういわれて、ぼくはちょっとびっくりした。いろいろ聞いてみると、現地で実際の試合を見た人でも「審判が地元のアルゼンチンを勝たせるように笛を吹いた」と思っている向きがあるらしい。ぼくは、こういう見方には賛成できない。
 アルゼンチン−オランダの決勝戦のときに、共同通信の小山敏昭記者が、日本のサッカーの試合のときに記録をつけるのと同じやり方で、ゴールキックやフリーキックの回数をかぞえた(外国のサッカーの公式記録では、GK、CK、FKなどをかぞえる習慣はない)。それによると、延長を含めた120分間に、アルゼンチンのフリーキックは63回、オランダは31回である。
 「それ見ろ。審判はアルゼンチン人もいるだろうが、逆にいえばオランダは、1試合に実に63回ものファウルをしているわけである。それでいて、1人の退場者も出なかったのが不思議なくらいである。ぼくのみるところではフリーキックをとってもらったにしても、反則のために受けたアルゼンチンの被害のほうが、ずっと大きかったと思う。それをはね返して勝ったのだから、アルゼンチンの優勝は価値のあるものだ。
 さらにいえば、アルゼンチンは数字に表れた以上に、オランダの反則の被害を受けていた。というのはセルジオ・ゴネラ主審(イタリア)は、かなりアドバンテージをみていて、反則があっても、そのまま流すことが多かったからである。
 オランダの選手の反則は、巧妙で、かつ汚い。相手の選手にドリブルで抜かれそうになり、タックルをはずされると、そのまま手で相手の足に抱きついたり、シャツやパンツを引っぱったりする。
 抱きつかれたり、引っぱられたりした選手が、ひっくり返ってボール・コントロールを失えば、当然、そこで反則の笛を吹くのだが、ワールドカップに出るくらいのプロともなれば、多少、抱きつかれたり、引っぱられたりしたくらいでは、あきらめない。逆に相手をひきずって、ボールをコントロールし続ける。反則されたほうが、なおボールをキープして攻め続けているから、主審としてもアドバンテージをみないわけにはいかない。笛は鳴らないで、そのまま流されることになる。
 オランダの選手が巧妙なのは、そういう悪質な反則をするときに決定的に相手を引き倒したりはしないことである。すばやく相手を抱えたり、引っぱったりしても次の瞬間には手を離してしまう。したがって、反則されたほうはボールをキープし続けることはできるのだが、一瞬、よろめいたり、引き止められたりするから、決定的に抜き去る機会をのがすことになる。その間に、オランダの他の選手が戻って、守りを固めるわけである。
 抜かれそうになったときに、手でとめたり、相手を引っぱったりする“非紳士的”な反則はなにもオランダだけがやったわけではない。西ドイツやブラジルもやっていた。アルゼンチンは比較的少ないほうだったけれども、ここぞというときには、やっていた。ただやり方がまっ正直で、まともに引っぱるから相手が倒れて、すぐ反則をとられる。場合によっては警告される。オランダのやり方は、そこのところが巧妙だった。

対策はないのか
 こういう巧妙な反則は、テレビの画面からはわかりにくい。特にアルゼンチンの中継は ロングショットが多かったから、わからなかったのではないかと思う。競技場のスタンドから見ても、フィールドまでかなり距離があるし、また次のプレーにすぐ目が移るために印象に残りにくい。その点ではスナップ写真は、その瞬間をとらえて的確である。
 オランダと並んで反則が巧妙機敏だったのはイタリアだ。1次リーグの最終戦でアルゼンチンがイタリアに敗れたあと、ブエノスアイレスの繁華街、フロリダ通りのあるショーウインドーに、イタリアの選手が、アルゼンチンの選手の足をつかんだり、シャツを引っぱったりしている瞬間の写真だけが何枚も並べて展示してあった。「わがアルゼンチンが負けたのはイタリアの、こんな卑劣な反則のせいだ」というデモンストレーションだろう。
 さて、問題はこういう巧妙、機敏、卑劣な反則に、審判はどう対処したらよいか、である。
 片っ喘から笛を吹き、イエローカードを出すのも一つの方法だろうと思う。ただし、むやみに警告や退場が出ては、試合は面白くなくなるにちがいない。
 ワールドカップの期間中に「将来、規則を改正してペナルティーボックスの制度を採用することが検討されている」というニュースが新聞に出ていた。これは、アイスホッケーのように、反則をした選手を5分間なら5分間だけ、退場させておくやり方である。
 もう一つ、アドバンテージをみてプレーを流しておき、あとで、さかのぼって警告を出す方法もある。ただ、日本のサッカーと違って、ワールドカップの試合では、攻め合いが続いて、なかなかアウト・オブ・プレーにならないから、タイミングを失うとイエローカードを出すひまがなくなる。
 決勝戦の審判は「あまりうまくなかった」という評があった。ぼくも、そう思ったのだが、日本へ帰ってからビデオで見直してみると、ゴネラ主審はなかなか良くやっている。現在の審判法では、あれが精いっぱいじゃないかという感じがする。あれ以上、どうすればよいかは、今後の研究課題だろう。
 それにしても、あの汚いオランダではなく、ひたむきなアルゼンチンが優勝して、フェアプレー賞も、もらったのは良かった。「正義が行われた」といっては、オーバーだろうか。


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