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サッカーマガジン 1973年11月号
牛木記者のフリーキック

●サッカーのない日曜はない
 8月下旬に日本を出て、約2カ月の予定で東ヨーロッパを旅行している。残念ながらサッカーとは関係のない取材である。
 ユーゴ、ポーランド、チュコスロバキアとまわって、いまプラハで、この原稿を書いているが、これらの国では、いずれもサッカーの国内リーグがはじまっている。
 ところが試合は、日曜日の夕方にあり、こっちの仕事も、スポーツ関係だから日曜日の午後にある。したがって、なかなかサッカーを見に行くひまがない。宝の山にはいって、手をこまねいているようなもので、まことに残念だしサッカーマガジンの読者のみなさまに、東ヨーロッパのサッカーを紹介できないのは、申し訳ない。
 ベオグラードでも、ワルシャワでも、プラハでも、飛行機が空港に降りていくとき、下界でまず目に入るのは、サッカーのゴールである。田畑や森の間に、点々と住宅があり、広場に白いサッカーゴールがある。これが東京の羽田空港だと、着陸前に房総の上空を旋回し、下界に点々と見えるのは、これみなゴルフ場だということになる。ここらあたりにまず、日本とヨーロッパのスポーツの違いを見ることができる。
 ベオグラードでは、世界選手権に参加した日本の水泳選手団といっしょだった。ポーランドとチェコスロバキアでは、遠征中の日本男子バレーボール・チームに会った。
 水泳の人も、バレーボールの人も、ぼくがサッカー好きだということを知っていて、はじめのうち、バスの中から、子供たちがサッカーをしているのを見つけると「ほら、サッカーをやってますよ」と教えてくれる。ご親切はありがたいが、その程度のサッカーを見ていたら、きりがない。教えてくれる連中も、そのうちに、注意して窓の外を見ていれば子供たちのサッカーは際限なくあることに気がついた。
 どこの国でも、サッカーは、子供たちが自分でやって楽しむスポーツである。
 1部リーグのサッカーのスケジュールを知る早道は、タクシーの運転手に聞くことである。言葉はわからなくても、サッカーの話なら、だいたい通じる。
 ポーランドのウォッジという地方都市で、タクシーの運転手に、「次の日曜日にワルシャワに行くんだが、ワルシャワでサッカーの試合があるだろうか」と聞いたら、その運転手がいうのに「心配するな。ワルシャワにサッカーのない日曜日はない!」
 ワルシャワでは、陸軍のクラブと警察のクラブが1部リーグに属していて、一方がアウェーに出ているときは、必ず、もう一方がホームで試合をする。したがってシーズン中にサッカーのない日曜日はないわけだ。そんなことをタクシーの運転手君から、はじめて学んだ。

●ポーランド少年サッカー
 ワルシャワでは日曜日の午後に仕事があったので、リーグの試合を見ることはできなかった。そこで、せめて午前中に、どこかのスポーツクラブで本式の少年サッカーをやっていないかと、ぶらりと散歩に出た。
 地元の人に案内を頼まなくてもスポーツクラブを探すのは、わけがない。ホテルの売店で市内地図を買ってみれば、あちこちに競技場のマークがついている。その中から有名なサッカー・チームの名のついた競技場をさがし出せば、そこがクラブである。
 ワルシャワの陸軍クラブは「レジナ」という名前である。市の中心からバスで10分、歩いても20分から30分くらい。美しい森林公園の中にある。2万人くらい入るスタンドのついた競技場を中心に、大きな体育館、プール2つ、スタンドのないサッカー場2面、2千人くらいのスタンドがあるテニスコート1面、スタンドなしのテニスコート8面があった。1部リーグの試合をするのは、ここの競技場ではな<て、市内を流れるビスワ川に面した川向うの別の大競技場である。そっちの大競技場は10万人収容である。
 レジナの競技場のサブ・グラウンドで、案の定、少年サッカーをやっていた。バスの窓から見えるような草サッカーではなくて、両チームとも、きちんと揃いのユニホームを着て、試合前の練習もやっている。そのうちにこれも正規の服装をした審判員が出て来て、ホイッスルをならした。
 ミュンヘン・オリンピックに優勝したポーランドの、しかもワルシャワで一流のスポーツクラブだから、少年サッカーのレベルもやはり超一流だろう――と思ったら見当が違う。ぼくの見るところ、日本の中学生大会に出てくるチームの方が、よっぽど強いんじゃないかと思う。
 少年チームなのに、なかなかいいパスをまわして組織的なサッカーを展開していたのは、ほかの国の少年サッカーとは違うように思ったが、個人技は予想してたほどうまくない。
 足わざのきく子供が2、3いて、あとはボールのトラップなども、案外不器用である。近ごろの日本の少年選手の方が器用なんじゃないかと思った。
 ウォッジというポーランドの別の都市でも少年サッカーをみた。LKSという15年ほど前にポーランド・リーグで優勝したことのあるチームのクラブで、ここではウイークデーの夕方、2面のサッカー場を使って練習試合をしていた。
 1人ずつ指導者がついて、楽しそうにゲームをしていたが、レベルの方はたいしたことはないように見えた。
 ほんの一部を垣間見ただけで、全体を推しはかるのは危険かも知れないが、オリンピックの優勝チームを生み出すことと、強い少年サッカー・チームを作ることは、まったく別の問題ではないか、という気がする。

●スポーツ・トト
 ヨーロッパでは、たいていの国で、スポーツくじをやっている。日本で“トトカルチョ”という名で知られているやつである。
 トトというのは“くじ”、カルチョというのはイタリア語で“サッカー”のことである。英語では“フットボール・プール”という。
 日本のお金にして100円か200円くらい出して投票券を買い、その週のサッカーの試合の勝敗、あるいは引分けを予想して投票する。集まったお金の中から一定の割合の額を残して、あとは的中者(あるいは、もっとも多く的中したもの)に賞金として払い戻すという仕組みである。
 日本の競馬の馬券と同じで、投票数のトータルと的中した投票数によって払戻しの賞金額が決まる。これをトータリゼーター式の賭けといい、宝くじのようなロッテリーとは、少し性質が違う。宝くじの場合は、たとえば1等賞金が1千万円なら1千万円に決まっていて、かりに1枚200円の宝くじが、たった1枚しか売れなくてしかも、それが当選したとすれば売り出し元の第一勧銀は、200円しか収入がないのに、1千万円を支払わなければならない。トータリゼーター式の賭け、つまりトトの場合は、100円券1票の投票しかなく、しかも、それが的中したときは、原則としては一定率を控除した残りの金額、つまり2割5分の控除であれば、75円しか賞金にはならない。といっても、これは現実にはありえないような例を出しただけで、実際には、トトの方がはるかに高額の配当が出る。つまり、なかなか的中しないということでもある。
 社会主義国でも、こういうスポーツくじをやっている。ポーランドとチェコスロバキアで見たのは、トトとロッテリーの合いの子のようなものだった。投票券に1から49までの数字が印刷してあって、投票する人は、自分の好きな数字を6つ選んでしるしをつける。
 日曜日の午後に抽選があって、6つの数字が決まる。それが自分の投票した数字とぴったり同じであれば、千万長者となる。49の数字から6つを選んで、それが的中する確率がどのくらいかは、数字に強い人に計算してもらいたい。
 これは、数字を自分で選べるだけで、本質的には宝くじと同じように思われる。“スポーツ・トト”と名がついてはいたが、スポーツの勝敗には何の関係もない。ただ、収入をスポーツ振興のために使うことにはなっている。
 ぼくは、ヨーロッパでサッカーの人気が根強い原因のひとつは、トトカルチョ、つまりサッカーくじのためだと思っていた。ところがポーランドやチェコスロバキアのように、サッカーと関係のないトトが盛んであっても、サッカーそのものは、いぜん人気NO.1である。ポーランドでは、スポーツ・トトのほかにサッカー・トトもやっていた。しかし、サッカーが盛んだから、サッカー・トトもやるので、その逆ではない。


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