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サッカーマガジン 1972年5月号
牛木記者のフリーキック

●天皇杯の新方式
 天皇杯全日本選手権大会のやり方を、外国のカップ方式にならって変えるべきであると、ぼくは長い間、主張してきた。日本蹴球協会も、ようやくその気になったようで、目下、協会職員である平木隆三コーチが、頭をひねって原案作製中である。本誌が発行されるころには、もう案がまとまっているかも知れない。
 天皇杯の方式を改革するには、次の原則を徹底させる必要がある。
 @全国の協会加盟登録チーム(ただし、おとなのチームだけ)は、加盟費を払っている以上、どのチームにも最末端には参加のチャンスがあること。
 Aリーグ戦でなく、勝ち抜きのトーナメントであること。つまり、下部のリーグ所属チームが、上部のリーグのチームに挑戦し得る機会であること。
 このようなカップ方式の意義と特色が理解されなければ改革の意味はない。地方によっては、ことしからすぐ、というわけにはいかないかも知れないが、少なくとも来年以降は、県予選から、この原則でやって欲しい。
 ところで、新方式の天皇杯は、現在の大学選手権や高校選手権みたいに、1カ所に多くのチームを集めて連日試合をやるわけではない。一つ一つの試合は、全国各地でばらばらに、どちらかのチームの地元で行なうことになる。期日は、一つのラウンドについては全国いっせいであるほうが望ましいにしても、多少ずれたって構わない。
 平木コーチの考えている案とは多少違うかも知れないが、ぼくの作った天皇杯新方式の試案を紹介しよう。
 @都府県競技会、地域競技会、本競技会の三段階に分ける。
 A本大会へは各地域から少なくとも1チームは参加させる。
 B日本リーグ1、2部のチームは、都道府県と地域の競技会を免除する。これは年間の試合数が多くなり過ぎないようにするためである。
 C本競技会は、32チームからはじめる。つまり5回戦までやるが、決勝進出チームにしても、現行方式より2試合多くなるに過ぎない。
 D準決勝、決勝だけを日本蹴球協会が直接主管し、1〜3回戦の運営は地元協会と地元チームに任せる。入場料収入、テレビ収入も地元のものにする。
 というわけで、かりに組合せを作ると別表のようになる。たとえば、1回戦で釜本のいるヤンマーが、九州へ行って地元チームと対戦すれば、じゅうぶん九州でも入場料をとって見せるだけの魅力ある試合になるのではないか。地元チームが強くなればなるほど、試合の魅力は増し、入場料やテレビの収入もふえて地元がうるおうから、強化や普及もやりがいがあろうというものである。
 諸外国では、こういう方式のおかげで、サッカーがあんなに盛んになったんだということを、とくと御勘考願いたい。

●2部リーグがんばれ
 日本リーグの2部が10チームでスタートした。ぼくは、この2部リーグに大きな期待を寄せている。というのは、新しく出発しただけに、やっている人たちの感覚が新鮮だからである。
 実のところ、日本リーグ1部の運営ぶりには、いささか、うんざりしている。この数年、日本リーグは、何か新しいことを試みただろうか。外部の人の意見に本当に耳を傾け、反応しただろうか。何もしなかったとぼくは思う。前年にやったことを、また次の年も大過なくやろうとしただけである。これは、あまり能力のないお役人が、よくやる手である。
 すべてが、うまくいっているときならば、それでもいい。しかし、ここ数年、観客動員数は低下しているのだ。掛け声ならば、聞いたことがある。「人気とりより試合内容の充実だ」というのである。ところが試合内容は逆に低滞している。クラーマーさん流にいえば「低滞は退歩と同じ」である。
 2部リーグは、新しいシーズンをはじめるに当たって @全試合を有料試合にすること A入場料収入は地元チームがとること B入場料収入の1割を拠出し合ってリーグの運営費に当てること、を決めた。
 このやり方は、1部リーグとはかなり違う。1部リーグでは、入場料収入はリーグがとる。その上で、旅費、宿泊費を各チームに配分する形になっている。そして余ったお金は「グラウンド建設資金」の名目で積立てている。2部リーグは、この1部リーグのやり方にあえて異を立てたのである。
 異を立てたから新鮮だというつもりはない。だが、ぼくは本誌の2月号に「リーグの入場料収入は、本来、地元チームのものである」という意見を書いた。2部リーグの運営委員の人たちが、ぼくの記事を読んでくれたかどうかは知らないが、従来のやり方にとらわれずに、自分たちの道を求め、(結果的にそうなったのかも知れないが)外部の人間の意見に耳を傾けてくれたのは、うれしいことである。
 現実には、2部リーグの観客動員は、それほど期待できないだろう。
 会社のバックアップを受けられないチームもある。7年前に新リーグを結成した1部の各チームが歩んだ道よりも、いっそう、けわしい道を歩かなければならないかも知れない。しかし、初心を忘れずにがんばれと、心から声援を送りたい。

●国立サッカー場
 東京の北区に新しいサッカー場が、できあがりつつある。待望の国立サッカー場だが、規模はあまり大きくない。本格的なスタンドはなくて、フィールドを囲んで土盛りの観客席がある。ゴール裏は、例の人なだれ防止柵のついた立ち見席で、収容人員は9440人。とても国際試合などはできない。ファンの中には「これがGNP大国の“国立”サッカー場か」とがっかりする人もいるだろう。ぼくも図面を見たときには、そう思って、ふんがいしていた。
 「工事は七分通り、外観はほぼできてますよ。記者席をどこに作るかを決めますから見に行って下さいよ」
 こういわれて、東京のサッカー記者会の幹事といっしょに案内された。実際に行って見て、ぼくはすっかり考えを変えたのである。
 下町の住宅街のどまん中に、着々と完成しつつあるのは、競技場というより、中規模のスポーツ・クラブなのである。コーナーライティング(四隅照明)のナイター設備がついた小じんまりしたサッカー場の隣りに、3階建てのコンクリートの建物がある。1階にロッカー・ルームとサウナと体育場、2階に食堂とロビー、3階には広い柔道場がある。
 2階のロビーから、ガラス越しに見おろすと25メートル×10メートルの室内プール。その手前には子ども用の練習プールが見える。
 食堂から外を見れば、広々としたサブ・グラウンドがある。いまのところ土ぼこりが立っているが、そのうち緑の芝生の上に少年用のサッカー・ゴールを置くことになるだろう。
 こういう風景は、ヨーロッパや南米のスポーツ・クラブでは珍しくない。
 緑の芝生では少年たちが白いボールを追いかけ、プールでは少女たちが、プロ・コーチの指導を受けている。ロビーや食堂で御婦人がたが、おしゃべりしながら、それを見おろしている。土曜日には、サッカー場でクラブの代表チームがナイターの試合をやるというわけだ。
 外国のクラブは会員制だが、北区の施設は、国立競技場の一部だから、こんなにうまく運営できるかどうか分からない。7月中旬には完成するというこの競技場で、近所の少年たちを集めてサッカー教室を開き、夏の夜には下町の人たちが、浴衣がけでサッカーの試合を見にくるようにしたいものだと考えている。


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