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サッカーマガジン 1971年9月号
牛木記者のフリーキック

■日本は韓国に勝てるか
 会う人ごとに「韓国に勝てるのかね」と聞かれるので、いやになる。いうまでもなく、9月末からソウルで開かれるミュンヘン・オリンピック予選のことである。
 サッカーに直接関係のない多くの人が、関心を持ってくれるのは、うれしいことではあるが、ソウルで負けた場合の反動がこわい気もする。
 なにしろ、日本の国民は、世界一の“オリンピック教”信者である。オリンピックに出られなければスポーツでないくらいに思っている人が多い。だから2年前のソウルのワールドカップ予選よりも、今度のミュンヘン予選の勝敗のほうが、はるかに影響が大きいだろう。
 ところで、日本は韓国に勝てるか。ぼくは、今回は心底から悲観説である。
 @韓国に地元の利がある ―― ワールドカップ予選に続いてのソウル開催は不公平のようだが、オリンピック予選については、前回は東京だったのだから、やむを得ない仕儀だろう。
 A韓国協会の体制がよくなっている ―― ワールドカップ予選の翌年から、韓国のサッカー協会は、がらりと顔ぶれが変わって、30代の新会長のもとに、次々に新しい施策を実行している。日本の協会新体制は、かけ声ばかりで遅々として進まない。
 B韓国にはプロ・コーチがいる ―― スパーズが日本で試合をしているとき、今春から韓国に来ているイギリス人のアダムス・コーチが、偵察に来ていたということである。年季のはいった本物のプロ・コーチは、やはり、それだけのものを持っているだろうと思う。日本が警戒しなければならない点である。
 C過去の戦績も、韓国のほうがいい ―― 日本対韓国の対戦成績で日本の負けがこんでいるのは、御承知の通りだが、昨年以来、韓国はアジア競技大会をはじめ、アジアのタイトルマッチに、ほとんど勝っている。まだ国際的タイトルを獲得したことのない日本とは、大きな違いである。タイトルをかけた試合で勝つことは、親善試合では得られないものを、選手に与えているはずである。 
 もちろん、ほかに韓国の不利な点もある。韓国は最近、スコットランドの“ダンディー・ユナイテッド”を招いて3−3の引分け試合をしているが、そのときの出場メンバーをみると、李会沢、朴利天など、2年前のメンバーとほとんど変わっていない。侮るわけにはいかないが、手のうちは知っている相手だといえるだろう。
 日本チームのコーチ陣と選手たちについては、大会前に軽々しく意見をいうのは、慎しんでおくことにする。なによりも大切なのはコーチ陣をふくめて、全員のチームワークである。今度の日韓戦が、これまでのどの日韓戦よりも重要なものであることを銘記して、死にものぐるいで戦って欲しい ―― これが、ぼくの本音である。

■ゴー・アンド・スピン
 もう2年前の話になるが、三菱の二宮監督が、イングランドのアーセナルの練習を見にいって、“ゴー・アンド・スピン”という言葉を覚えて帰ったことがある。「パス・アンド・ゴーだけでは、ヨーロッパのプロ・レベルでは通用しないんですよ。パス・アンド・ゴーは常識でね。ゴーのあとにどうするかが問題ですよ」
 “パス・アンド・ゴー”は、クラーマさんが教えてくれた言葉で、パスを出したあと、その場所に立ち止まっていてはダメだ、パスしたら、その足で次の場所へ走れ、という意味である。
 しかし、パスを出して、走ってすぐその場で折り返しのパスをもらえる (図1) ほど、現代のサッカーは、あまくない。マークしている相手は、しつようについてくるし、かりに、ひとりをはずして走っても、現代のサッカーでは、ふつうバックのほうの人数が多いから、次の相手が、すぐマークにくる。   
 
  そこで、パスを受ける前に、相手のマークをはずす動きを入れる必要がある。これをスピンというのだそうだ。
 パスしたあと走る、そこですぐパスを受けるのではなしに、走って、すぐ急に方向転換をして、相手のマークをはずしてから、パスを受ける。(図2) これが“スピン”である。
 パスを受ける前に、相手をはずす動きを入れることは、たいていの「サッカー入門」に書いてあるが、これを“パス・アンド・ゴー”と結びつけて説かれると「なるほど」と思う。図に書けば簡単だけれど、実際にやるには、よほどコンビネーションがよくなければ、うまくいかないだろうと思う。
 横浜三ツ沢サッカー場で行なわれたミドルセックス・ワンダラーズの最終戦で、日本代表チームの選手たちが、しきりに“ゴー・アンド・スピン”の動きをしているのが、目についた。思い切って、大きく動いたときのほうが効いているようである。
 試みにspinという単語を辞書で引いてみたら「糸でつむぐ」「回転させる」などのほかに「目がまわる」「きりもみ」などの訳があった。きりもみ疾走して、相手の目をまわさせるくらいでないと、いけないのかも知れない。

■統計はウソをつく
 「東軍はフォワードが1人足りなくてね。逆に西軍はバックが1人足りない。これは、妙なんですけどね。毎年あるんです」
 「選手の選ばれ方がアンバランスなんですな。記者投票で選ばれたメンバーを、必ず先発で使わなければならないとすると、困ったことになりますな」
 「記者投票の仕方を変えたほうがいいんじゃないかね。サッカーを本当に知ってる記者だけに投票してもらうとか……」
 日本リーグ東西対抗のメンバーを見て、ほかならぬ、リーグ首脳部の方たちの別々の発言を集めてみたのが、これである。
 全国102人のサッカー担当記者の投票で選ばれた東軍、西軍の顔ぶれをみると、たしかに、いわれたようなアンバランスがある。監督推薦の追加選手によって、このアンバランスはただしてあるが、記者投票のメンバーだけで試合をやれといわれれば監督さんも困るだろう。 (もっとも、記者投票のメンバーを先発させろという規則は、どこにもない)
 しかし、このアンバランスの生まれた原因が、投票した新聞記者の無知にあるとでも、いわんばかりの発言があるのは、どうであろうか。
 賢明な読者は、すでに、お気付きのように、これは数字のワナである。
 別表にあげた例のように、A・B・C3人の記者が、かりに、バック4人、中盤3人、フォワード3人のつもりで、メンバーを考えて、それぞれ投票したとする。ところが集計してみると、中盤の選手として投票された者は4人が、はいっていて、フォワードとして投票された者は2人にへっている。これはフォワードのうち、1人のポジションで票が極端に割れ中盤の選手では、中程度に割れたために起きた現象で、投票したA・B・Cの意思とは無関係である。「統計はウソをつく」というヤツだ。 
 これを防ぐために、ポジション別に投票したら、どうなるか。
 野球と違って、現代のサッカーは、ポジションが流動的だから、このやり方は、実際には、むつかしい。
 そのうえ、たとえば、荒井を中盤のプレーヤーとして投票する人と、バックとして投票する人が出てくるから、オールラウンドプレーヤーほど票が割れて、落選の憂き目をみることになる。
 そのほか、いろいろな点から考えて、現在の東西対抗のメンバーの選び方でも、悪くはないというのが、ぼくの結論である。
 それとも、読者の中に、もっとよいアイデアをお持ちの方が、おられるだろうか。


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