(サッカーマガジン1973年7月号 牛木記者のフリーキック
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日本代表に望みあり
ソウルで開かれたワールドカップ予選で日本が敗退すると、ぼくの勤めている新聞社に黒ワクつきの葉書が舞いこんだ。
「1964年の東京オリンピック以来、御高誼を賜わりましたサッカーの日本代表チームは、1969年メキシコ・ワールドカップ予選のあと病気療養中のところ、このたび死去致しました。謹んで御知らせ申し上げます」
熱心なファンが、痛憤のあまり趣味のよくない、いたずらに及んだらしいのだが、よく読むと、この投書をした人は本当にサッカーが大好きで、日本代表チームに、まだまだ生存の望みをかけていることが、よくわかる。
死亡通知の対象になったのは、「1964年の東京オリンピック以来の日本代表チームであって日本のサッカーそのものではない」。しかも日本代表チームは「1969年のメキシコ・ワールドカップのあと病気療養中」であって、本来、今回の予選にも出るべきではなかった、つまり、もっと早くに東京オリンピック以来のメンバーを切り捨てて、新生全日本を作るべきだった、とこの投書の主は嘆息しているわけである。
うちあけた話をすると、こういう投書が新聞社に舞い込むのは、ぼくにとってはありがたくない。ぼくは、この投書の主と同じようにサッカーが大好きだから、この死亡通知の心情はよくわかる。
しかし、ほかの記者たちの反応は、だいぶ違ったもので「おい、日本のサッカーは、もう死んだんだってよ。死人の記事をのせるのはもうよそうじゃないか」ということになりかねない。サッカー記事の新聞への掲載率が悪くなるのは、ぼくはもちろん、投書の主にとっても実は好ましくないことじゃないかと思う。
ところで、日本代表チームについてだが、ぼくの意見は、投書の主とはちょっと違う。
ぼくの考えでは、今回のソウル予選は、日本代表チームの葬式ではなく、新しい日本代表チームの誕生であった。
イスラエルとの準決勝に、メキシコ・オリンピック銅メダルのメンバーは、横山、小城、釜本の3人しか出なかった。釜本の出来があまり良くなかったので「全部、若手にしてしまえばよかった」という意見もあるだろうが、ここでは「代表チームの部屋には、二つのドアがある。一方のドアから新しい人が入ってきて、他方のドアから古い人が去る」というクラーマーさんの言葉を思い出してほしい。
イスラエルとの準決勝に出た顔ぶれは、2年後のモントリオール・オリンピック予選に十分使える年代である、そして、このメンバーが、ソウルでみせた欠点をたたき直すために、今後の2年間は、十分な時間である。だから日本代表チームには、将来への希望があると、ぼくは思う。
■ 日本サッカーの再建策
日本のサッカーが落ち目であるなどとは決して思わないが、最近大きな伸びがないことは認めなければならない。日本代表チームの成績は、ワールドカップとオリンピックの予選に3回続けて敗退し明かに停滞しているが、国内のサッカー普及の方でも、放っておけば悪い影響がないとは限らない。
それじゃ、日本サッカー再建のために、どんなことをすればよいか。ひとことでいえば「サッカーの試合をやること」に尽きると思う。
日本代表クラスの選手が、国内で試合をする機会はかなり増えてきた。日本リーグの1部も、ことしは10チームになる。1チームあたりの年間試合数は18である。天皇杯も拡大されたから、1部チームなら2〜4試合はやることになる。外国チームを招いての国際試合も、年に8〜10試合はあるだろう。合わせると第一線の代表選手は、公式の試合を年に国内で30試合はすることになる。
このほかに、年に1〜2度は海外遠征をする機会がある。なければ必ず作るべきである。ここで6〜10試合をすれば、多ければ年に40試合くらいの激しい試合の機会がある。
「そんなに試合をすれば、選手がこわれる」と考える人がいるかも知れないが、負傷した選手は遠慮なく休ませればいい。
オリンピックのときに、杉山選手が痛み止めの麻酔剤を注射して奮戦した。当時はそれが美談だった。だが、あれは杉山選手にとって一生に一度か二度の貴重な機会だから許されたのであって、年に40回以上もやる試合では、故障があれば休んで徹底的に治療すべきである。今回のソウル予選で釜本選手がやや精彩を欠いたのも、昨年末以来、足首に痛みがあるのに無理をし続けたからである。杉山や釜本を休ませれば、代りの選手に伸びる機会が与えられるから、長い目で見ればソンはない
ところで、このようにしても、年に40試合もするのは、ひと握りの代表選手のレギュラーだけである。そこで23歳未満のジュニアや、さらにひとまわりの下のユースにも、国際試合のチャンスを与えられなければならない。20歳未満のユースと、18歳以下の高校選抜が、それぞれ海外に行ったが、少しでも多くの若者にチャンスが与えられたのは結構だった。
ジュニアのヨーロッパ遠征を毎年やれというのは、かねてからのぼくの主張だが、残念ながら採用されない。
お金がなければ集めよう、1万円ずつ出してくれる人を千人集めれば1千万円だ、と書いたこともある。年会費1万円の日本代表選手を育てる会が出来たらぼくは喜んで会員になる。
■ ホーム・アンド・アウェー
韓国の優勝にケチをつける気持は、まったくないけれども、今回の優勝が地元の利を存分に生かした結果であることは、だれでも認めるだろうと思う。
一次リーグの前に、組分け試合をやったのが、まず奇妙だった。ふつうなら抽選でいいところだ。これまでの実績からみて、韓国、イスラエル、マレーシア、日本をシードして振り分けてから抽選してもいい。クジの代りに試合をするなんて、かわっている。試合数を増やして、入場料収入を多くしようという策かも知れないが、参加国の滞在経費が余分にかかるから、たいしてトクにはならないだろうと思う。
フィリピンの棄権で、参加チーム数が奇数になって、組分け試合に1チーム余分が出た。そこで地元の韓国は、組分けが決まってから、自分の好きなグループを選べることになった。
これも奇妙なやり方だが、前例がないわけではない。かつて東京でアジア・ユース大会が開かれたときに、グループ分けをしたのち地元の日本が、自分の出るグループを選択したことがある。ただしこのときのグループ分けは抽選だった。
今回は、組分け試合をさせておいて、地元の韓国は、じっくり参加チームの実力を鑑定した上でグループを選ぼうというのだから、ちと勝手過ぎると、だれもが思ったのではなかろうか。
さて、組分けが決まってから、韓国は、イスラエル、マレーシアのグループを選ぶか、日本、香港のグループを選ぶかで、だいぶ迷ったそうだ。1時間半の会議で議論したすえ、結局あえて優勝候補イスラエルのいる組を選んだ。
結果的にみて、この選択が成功した。韓国がイスラエルの組に入ることによって、イスラエルは、韓国、日本より1試合余計にやる破目になった。しかも、これこそ結果論ではあるけれども、イスラエルは準決勝で日本と延長を戦わなくてはならなかった。決勝に出てきたときの疲労度は、地元の韓国とはくらべものにならなかっただろうと思う。
審判の笛も、地元に有利だったという説がある。ぼくは審判の主観的公平さは疑わないが、第三者であれば地元に勝たせてやりたいと、心の奥底では思うのが人情だろう。
まして多額の経費を使って、これで3回も大会を誘致している韓国だからなおさらだ。
こういうことになるから、アジアでもホーム・アンド・アウェーで予選をやるべきだと思う。このことはミュンヘン予選のときにも書いたから、くわしくは繰り返さないが、サッカー協会の関係者は、真剣に考えてほしい。
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