(サッカーマガジン1973年6月号 牛木記者のフリーキック
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日本リーグの実業団的感覚
1973年度に日本サッカー・リーグでプレーする外国国籍の選手は7人いる。ブラジル出身で日本国籍をとったネルソン吉村こと吉村大志郎君を加えると、海外から移入された選手は8人である。
あまり移入が急テンポだから、日本蹴球協会は、外国からの選手登録について新規則を作った。外国から連れてきて新たに登録した選手は、6ヵ月たたないと試合に出場させないというのである。ヤンマーのジョージ・トリンカ、ネルソン山本、藤和のセイハン比嘉の三君が、目下この規則にひっかかって、スペシャル・カップに出場出来ないでいる。
日本リーグのチームの中には、この新規則に不満ないしは疑問を持っているところがあるらしい。日本リーグの井上総務主事の名前で協会あてに、こんな質問状が出ていた。
「外国籍の新規登録選手を、6ヵ月たたないと出場させない規定は、自社の外国支店に勤務していた者にも適用されるのでしょうか」
文章は正確に覚えていないが、だいたい、こんな趣旨だったと思う。
こういうのを見ると「日本のスポーツは、まだなかなか実業団的感覚から脱け出せないな」と溜息が出る。サッカーが他のスポーツに先がけて「日本リーグ」を発足させたとき、「全国実業団リーグ」とか「日本社会人リーグ」と呼ばなかったのはなぜかを考えてもらいたい。日本リーグは、企業チームだけのものではなく、学生チームも入れるし、クラブ・チームも入れる。“おとなのチーム”
すべての日本最高のリーグだからではないか。
一つのチームのメンバーを、一企業の従業員だけに限るかどうかは、そのチーム (クラブ) 自身の問題であって、蹴球協会の問題ではない。だから同じ企業内で転勤してきたかどうかは、協会の規則とは関係ないとぼくは思う。
6ヵ月間の出場禁止規定は、元プロ選手だったセルジオ越後が昨年、藤和不動産に入ったあとで作られた。そのために、この規定は、アマチュア資格をはっきりさせるための期間を決めたものと受け取られているらしい。「同じ会社内で転勤してきたものなら、アマチュアであることが、はっきりしているからいいじゃないか」という考え方があるのだろうと推察する。
くわしい議論は、また別の機会に譲りたいが、ぼくの考えでは、こういう出場制限の規則は、登録チーム変更にともなう協会、クラブ
(チーム)、選手間のいろいろなトラブルを防ぐためのものである。バレーボールの大古選手が日本鋼管からサントリーに移ったケースのように、国内でも、またアマチュアでも同じような問題は起き得る。だから協会はそのへんの規則と考え方を、はっきりさせる必要があるだろう。
■ ワールドカップ予選を前に
ワールドカップ・ソウル予選が迫った。ミドルセックス・ワンダラーズとの試合を見たところ日本代表チームの試合ぶりは、パッとしなかったが、本番では見違えるようなプレーを見せてくれるよう期待したい。
4年前のワールドカップ予選のとき、ぼくは内心、日本が参加することには不賛成だった。このフリーキックのぺージにも、そのことをちょっとだけ書いた。
なぜ、日本がワールドカップ予選に出るのに不賛成だったかといえば、当時、日本代表チームは、ベテランから若手への選手の切り換え期に当たっていたからである。ワールドカップは、オリンピックよりもレベルの高い大会であって、いい加減な気持ちで、トレーニングがわりに出場出来るような大会ではない。したがって、出場する以上はべスト・メンバーを組まなければならない。当時の状態でべスト・メンバーということは、その2年前のメキシコ・オリンピック銅メダルの顔ぶれをほとんどそのまま使うことだった。
ところがメキシコ・オリンピック銅メダルの顔ぶれは、1964年の東京オリンピックの前から引き続いて強化されてきたベテランぞろいだったから、ミュンヘン・オリンピックまで維持していくことは不可能である。ここは、早く若手に切り換えなくてはならない。若手に切り換えるために、ワールドカップ予選出場が無理だったら、むしろ出ない方がいい。以上がぼくの考えだった。
結果としては、ぼくの心配がその通りになって、前回のワールドカップ予選には、ベテラン中心で出場して敗れ、その結果、ミュンヘン・オリンピック予選のチーム作りが遅れて、これにも敗退してしまった。
さて、今度のワールドカップ予選だが、今度は、ぼくもちょっと考えを変えて、やはり参加するのがいいと思っている。日本のサッカーのレべルが、まだワールドカップは程遠く、当面の目標はオリンピックだという考えには変りはない。
しかし、現在の日本代表チームの顔ぶれは年齢的にみても、ほとんどそのまま、1976年のモントリオール・オリンピックに使えるように思う。それに、アジアのサッカーがここまで国際的になってくると、激しいタイトル・マッチの経験は非常に貴重である。ワールドカップ予選を経験させなかったら、日本の選手たちは、取り返しのつかない立ち遅れを味わうに違いない。
というわけで、日本のサッカーの主要目標はモントリオールだと、いぜんとして思っているけれども、ワールドカップ・ソウル予選での健闘も心から期待している。
■ 永井良和君のプレー
ミドルセックス・ワンダラーズとの試合で、全日本の永井良和君は、第1戦の後半から出場した。試合のあとで長沼監督が「きょうは永井がよいプレーをみせました」という。これはちょっと珍しいことだった。
ぼくの知る限り、長沼監督が永井をほめるのは、あまり聞いたことがない。
全日本は、第二次合宿の西日本縦断遠征のときに、横浜で古河電工と、ひどく出来の悪い試合をした。なんとかいいとこをみつけようと、報道陣の一人が「でも永井は良かったですね」といったら、長沼監督が
(そんなことはないよ) といった顔つきで「そう思いますか」と答えて、すっかりシラけてしまったことがある。永井は、長沼監督と同じ古河電工の選手だから、うかつにほめたくないのかも知れない。
その長沼監督が認めたくらいだから、ワンダラーズ戦での永井のプレーは、なかなか目をひくものがあった。
後半に出場して間もなく、左から3回、大きなセンタリングをあげ、それが3回ともシュート・チャンスになった。「きょうの永井はいいぞ」とぼくは思った。漠然とあげたようなセンタリングだけれども、永井はける瞬間にチャンスになりそうな地点を見さだめている。これはカンが冴えている証拠である。はたして、28分にこの永井のセンタリングが釜本の得点に結びついた。
第2戦の後半20分に全日本が同点に追いついたときも、永井のセンタリングがきいていた。日高がゴール前でヘディングをせったが、日高のせりやすいボールだった。せってこぼれたところに小畑が走り込んで決めた。第1戦の得点のときのセンタリングの前のプレーも良かった。
左タッチラインぎわをドリブルで走り抜けようとする永井をワンダラーズのバーが肩を並べて追いかけた。プログラムをみると永井は身長
1b69、バーは1b80である。
チビの永井は、大男のバーの体格にせり負けなかった。ボールをしっかりコントロールして、かえってバーを押えこんだ。そうして、得意の大きな切り返しで逆をとり、センタリングをする一瞬の余裕を作った。
試合のあとで話をききにいったら、永井君はニコニコ笑いながらこういった。
「ああいう形なら絶対にボールをとられる気はしませんよ。だってこっちが先手をとってるもん。ボールをコントロールしてしまえば、こっちのものだ」
日本代表選手の全員に欲しいもの ―― それはこの永井君のふてぶてしいまでの自信である。
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