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<藤枝市の少年サッカー大会をみて>
びっくりした少年サッカー
(サッカーマガジン1969年4月号)


3度びっくり

 東海道線の藤枝駅で降りたら、前の方をスポーツニッポンの日置記者が歩いている。
「日置君、日置君……」
 声をかけたら、悠然と振りかえって「やあ」と、たいしてびっくりした顔もしなかった。東京から静岡まで、わざわざ小学生のサッカーを見にいく酔狂な新聞記者はぼくぐらいの者だろうと思っていたから、こっちは内心いささか驚いている。
 2月11日の建国記念日。午前中はいいお天気だった。ぼくは、むかしの紀元節を建国記念日にすることには、あまり賛成でなかったけれども、休日がふえて、その日に少年たちがサッカーをやるのは大賛成だ。
 駅で他社の記者に会ったくらいは序の口で、この日は、びっくりすることが、あとにまだ3つ待っていた。
 日置君とふたりで駅前からタクシーを拾って ―― 「藤枝市民グラウンドへ」
 入口には「第1回静岡県少年サッカー大会」の看板があって、自転車、オートバイ、マイカーが、びっしりと乗りすててある。フィールドのまわりは、ぎっしりと観衆に取り囲まれている。ここは日本一の “サッカーの町” だから、これくらいのことには、まだびっくりしない。
 会場の中に入っていったら、足もとから、
どどーん!と花火が打ち上げられた。これにはほんとうにびっくりした。第1試合開始の合図だった。


うますぎるくらい

 2番目にびっくりしたのは、小学生のサッカーが、あまりにうまいことである。この日は準決勝2試合、3位決定戦、決勝戦と計4試合があったのだが、途中で日置記者が、
「どうかね」
 と聞くから
「うーん、うまいな。びっくりした」
 と答えた。
 中盤でボールを持つ。すぐとなりの味方に渡して走る。三角パスが帰ってきて、コーナー近くからセンタリング、ゴール前で、胸で落としてシュート。まだ小学生だから、力強くはないけれども、実にきれいだ。絵にかいたようだ。
「まるで釜本だな」と日置記者。
「技術的なことは、藤枝東高の長池先生にきくといいぜ。藤枝のクラーマーだからな。藤枝東高を11年教えていて、全国高校選手権で優勝させたひとだ」とぼく。
 長池先生の話は、
「チームプレーはうまい。うますぎるくらいだが、型にはまり過ぎているのではないか。試合中に “逆へ振れ” というような指示が聞こえるけれども、逆サイドにボールを回すには、30メートルのパスをける力と、30メートルとんできたボールをぴたりと止める技術がいる。それだけの力と技術を、小学生に期待できるだろうか。それに、ドリブルをしないな。ドリブルを罪悪視しているみたいだ。子どものサッカーは、もっとボールをこねまわしていてもいいのではないか」
 この話を、長池先生は閉会式のあとの講評でも繰り返していた。それを聞きながら、ぼくはドイツのクラーマー・コーチがはじめて日本の高校生を教えたときのことを思い出していた。
 8年前に、藤沢でユースの合宿があったとき、朝日新聞の中条一雄氏 (現在東京本社運動部副部長) といっしょに見にいったら、クラーマーさんがこういったのだ。
「ドイツでは、18歳くらいまでの少年たちは、ボールをもて遊び、個人的なテクニックを楽しむことに熱中している。若者になってから力とスピードをつけ、チームプレーを理解させるのにコーチは苦労する。
 日本の高校生はあべこべで、力とスピードばかりあるがテクニックがない」
 ことわっておくが、8年前の高校生よりも、いまの静岡の小学生のほうが、ずっとテクニックはいい。センタリングを胸で落としてそのままボレーでけるというようなことを、いまの小学生みたいにごくしぜんに、やすやすとやる選手は、8年前にはいなかった。だから次元の違う話ではあるのだが、ドイツのクラーマーさんの話と “藤枝のクラーマー” さんの話と、なにか通じ合う点があるように、ぼくには思われた。


少年たちをどう教えるか

 少年たちに、どのようにしてサッカーを教えたらよいか。これは全国で指導の先生方が苦労しておられることだし、日本蹴球協会でも、技術指導委員会の長沼健委員長と普及指導部の田中純二先生 (どちらも本誌でおなじみだ) が中心になってテキストの草案を作製中である。(ついでながら、少年指導のテキストやチーム作りの経験をまとめたものをお持ちの方は、参考資料として東京都渋谷区神南町25、日本蹴球協会クラブ育成係あてに送ってあげてください)
 だから技術的な点については専門の先生方にお任せすることにして、これ以上ふれないことにするが、少年サッカーの指導は、技術的な問題を越えて、いろいろな方面にかかわりを持っている。
 こんどの静岡県少年サッカー大会は、サッカー・スポーツ少年団の大会として開かれたのだが、文部省の次官通達 (小学校の対外試合を禁止している) との関係は、ひとまずおくとしても、
 (1) 他のチームに勝つために教えられた小学生が、はたして将来大きく伸びるのだろうか。
 (2) 現在は多くのサッカーをやっている子どもたちの中で選ばれた選手が大会に出ているが、将来ひとにぎりの優秀な子どもたちばかりを育てるような傾向が生まれないだろうか。
 (3) だからといって、試合をやりたがっている子どもたちの意欲をむやみに制限してよいものだろうか。
  というような問題がある。
―― ぼくが3番目にびっくりしたのは、大会が終わった日の夜のことである。
 反省会があって、優勝した藤枝サッカー少年団の先生方をはじめ静岡県の多くの人たちが集まって、熱心にこういう問題を話し合い、他人の意見にも耳を傾けようとしていたことである。
  さすがは “サッカーの町” 藤枝である。すばらしい組織力である。


 ぼくが、はじめから終わりまでびっくりしている間に、日置記者は原稿を送るためにさっと姿を消した。翌2月12日付けのスポーツニッポンには、すばらしい記事が写真つきで、のっていた。

 

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