すばらしかったアーセナル
(サッカーマガジン 1968年7月号)
■ “手が使えないスポーツなんて”
プロ野球の近鉄バッファローズに移って旋風を巻き起している三原監督のインタビューが、あるスポーツ新聞にのっているのを読んだら「プロ野球がサッカーに食われるなんてことはない。手が使えないスポーツなんてね」というくだりがあった。この話の前半「プロ野球がサッカーに食われることはない」という方には別に異議を唱えるつもりはない。プロ野球も大いに繁栄してもらいたいし、サッカーの普及発展が、プロ野球と共存することは、十分に可能だと思う。
しかし、後半の「手を使えないスポーツなんてね」という部分は、少しでもサッカーを見たり、したりした人なら、“お笑い”
だと思うだろう。三原監督はたしかヨーロッパにも行かれたことがあると思うが、「手の使えないスポーツ」が、10万人以上の観衆を熱狂させている風景などは、まったくご覧にならなかったらしい。
おそらく日曜日の午前中に、カトリックの国で、人々はみな教会にいっているころに、町の中をひとまわりして「ヨーロッパでは、スポーツはやっとらん」ぐらいのことで帰ってこられたのではないか。
というわけで今月号は「三原監督への反論」を書こうと思い、編集部の方にも、そうお話ししたのだが、アーセナルのすばらしい試合を見て、やっぱりアーセナルのことを書きたくなった。
考えてみれば、見当違いの感想に対して反論するなんてことは、たとえ相手がスポーツ界の一流人物であっても、たいして必要ないことかもしれない。
一度でもいいから、アーセナルと日本代表のような、すばらしい試合を見てもらえば、それ以上なにもいわないですむはずである。史上最高の観衆を集めた国立競技場の6万8千分の1としてそう思った。
■ 郷愁よぶ “名門” アーセナル!
3年ほど前に、サッカー協会のお偉方がアーセナルを日本に呼ぼうとしていたとき、ぼくはこういってクギをさしたことがある。
「お年寄りの郷愁で招待チームを決めてもらっては困りますよ。高いギャラを払うのなら同じイギリスでもマンチェスター・ユナイテッドぐらいのチームがいい」
日本のサッカーがはじめてヨーロッパにいったベルリン・オリンピックのころ、イギリスではアーセナルの黄金時代で、現在協会の常務理事をしておられる年代の方々は
“アーセナル” の名前をきくと、心臓のあたりが、じーんとしてくるらしいのだ。
だが、それだけのことで、来日チームを決められては困る。いまのサッカー・ファンは若いのだ。むかしの名門よりも、現在の世界のサッカーを代表するようなチームを見たいのだ。
幸か不幸か、そのときアーセナルの来日は実現しなかった。
そして、ことしアーセナルがくるという話をきいたときは、ぼくは両手をあげて賛成だった。なぜなら、それまで10年あまり低迷を続けていたアーセナルは、監督がビリー・ライトからバート・ミーに交代、意欲的な補強で新チームに生まれ変わり、リーグでの順位があがっただけでなく、チーム内容の近代化が、本国で高く評価されはじめたからだ。
そしてまた、イギリスのサッカー全体が、ワールドカップ優勝以来、新しく生まれ変って世界のトップに立ったからだ。
だが、今度のアーセナル招待が、日本チーム強化の点でも、観客動員の点でも大成功だったからといって、協会が、「これから呼ぶ外国チームはイギリスに限る」と思ったりしたら、「ちょっと待った!」といいたい。
世界のサッカーは、実に変化に富んでいる。それがサッカーというスポーツのいいところである。それをわれわれ日本のファンに見せてほしい。
「サッカーの神髄はイギリスにある」とか、「南米のサッカーこそ本物だ」というようなとらわれた考え方はしないでほしい。
いま、ぼくの見たいチーム。ヨーロッパ・カップに優勝したイギリスの「マンチェスター・ユナイテッド」。ここにはボビー・チャールトンがいる。“黒ひょう”
オイセビオのいるポルトガルの「ベンフィカ」。ペレのいるブラジルの「サントス」。それから前回のワールドカップで大活躍をした北朝鮮の代表チーム。
■グラウンドと応援に注文
アーセナルの試合ぶりや、技術的なことは、ほかの方が書かれると思うから、ここには少し、わき道にそれた話を書いた。ただ、二つだけの注文を加えることを許してもらいたい。
(1)福岡・平和台競技場のグラウンドはひどかった。あれではいい試合を見ることはできない。
クラーマー・コーチのいうように「技術をあげようと思うなら、まずグラウンドをたいらにすることだ」
(2)観衆のマナーについて批判が出ているが、ミー監督は「まだ日本の観客は、おとなしすぎる。イギリスならスタンド全部が旗の波になる」といっていた。
もちろん他人の迷惑になるような応援 ― 石を投げたり、競技場のトイレット・ペーパーを盗んだりするのは困る。
ミー監督はバック・スタンドの「日本!チャチャチャ」という拍手を賞めていた。
× × ×
読者の方からたくさんのお手紙をいただいているが、いちいちお返事をさしあげられないのが残念だ。
誌上を借りてお礼を申しあげたい。
先月号の「トウキョウ・ワンダラーズ」の提案には、多くの方から賛成のお葉書をいただいた。
「いろいろいうだけでなく、これひとつくらいは実行したらどうだ」というお叱りもあった。ただ、協会はアーセナルの試合で相当にかせぎ、海外に2チームを送ることになったから、募金の方はいまのところ必要ないようだ。とはいえ、もとをただせば、2チームとも全国のサッカーマンとファンの総意とお金が送り出すものである。
5月号のバンコク・アジア大会参加の日本チーム選手数は17人と書いたが18人の間違いだった。
したがって “まぼろしの背番号” はN019である。これも多くの方から御指摘をいただいた。申しわけない。訂正します。
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