トウキョウ・ワンダラーズをつくろう
(サッカーマガジン 1968年6月号)
■ 会費を年1万円で700口
ここにひとつの提案がある。
全国のサッカーマンとファンから有志を募集して、クラブを作る。名前を仮りに「トウキョウ・ワンダラーズ・クラブ」としておこう。
会費は年額1口1万円。高いようだが、クラブの事業の目的からみて、これはやむを得ない。ひとりで何口申し込んでもいい。申し込みが700口(700人ではない)になったら締め切る。限定会員制である。早い者勝ち。
集まった700万円でなにをするのか。
23歳未満の日本代表ジュニア・チームを、このお金で年に1回、ヨーロッパヘ武者修行に出すのだ。チームの名前は「トウキョウ・ワンダラーズ」(仮称)。
会員の特典はない。しいていえば「若いサッカー選手を育てるために身ゼニを切った」という名誉だけだ。
「それだけでは、あじけない」というのならこんなのはどうだろう。
700口の会員の中から無作為抽選で、ひとりだけ「トウキョウ・ワンダラーズ」の団長を選び、チームといっしょにヨーロッパに派遺する。
名誉団長のようなものだ。だれに当たるか分からない。かわいい女の子かも知れない。大会社の社長さんかも知れない。2口申し込んだら、1口の人の2倍のチャンスがある。
これで700口集めるのは、そんなにむつかしいことではないと思う。いい出しっぺのぼくは、もちろん1口のる。
この提案に賛成の方は「サッカー・マガジン編集部気付」で、お葉書をください。ただし、これはまだ架空の提案である。そそっかしい方が、1万円札同封で手紙をくださると、しまつに困る。念のためおことわりしておく。
ことしのお正月に、高校選手権の取材で関西に行ったとき、兵庫サッカー友の会を精力的に運営している加藤正信先生のお宅に招かれた。そのときに、この話をしたら先生は、それはおもしろいといってくださった。
だから、700分の2は、すでに予約済みであると信じている。
このプランは、きょ年日本に来たイギリスの全英アマチュア選抜(ミドルセックス・ワンダラーズ)にヒントを得たものだ。
■ ミドルセックスからヒント
このミドルセックス・ワンダラーズは、イギリスにあるひとつの “クラブ” だけれども、本国では試合をしたことがない。毎年1回イギリス全土からアマチュア選手を選抜して外国に派遣し、そのスポンサーになるのが仕事である。
イギリスに限らず、西ヨー回ツパでは、アマチュアのサッカー選手が、海外遠征するチャンスは、そんなにない。国際試合は、ほとんどプロ・クラスのためのものだ。
そこでアマチュア・サッカー強化のために、ミドルセックス・ワンダラーズが役に立っているわけだ。
このチーム来日の5カ月前に、国際サッカー連盟(FIFA)のサー・スタンレー・ラウス会長が東京に立寄り、サッカー記者会招待の昼食会の席上で、こういった話をした。
サー・スタンレーは冗談が好きだ。
「ミドルセックスとは “中性” のことじやない。ロンドン市の所在する州の名前です。だけど選手はミドルセックス州だけじゃなく、イギリス全土から男性だけ選ばれます」
会費1万円の、われわれのクラブの名前を、仮に “トウキョウ・ワンダラーズ” としたのは、こういうわけである。会費総額を700万円にしたのも、ミドルセックス・ワンダラーズのアジア遠征の旅費総額が約700万円だったからだ。
■ 若手を国際試合で育てよう!
このような、考え方によっては奇妙なアイデアが浮かぶのも、いまの日本代表を受け継ぐ若い選手が育っていないからである。
東京オリンピックから4年たったが、ことし10月のメキシコ・オリンピックに行く日本代表チームは、やはり東京大会のときの代表メンバーが主力を占めることになるだろう。3月にメキシコ、オーストラリアに遠征した日本チームのうちで、東京大会以後の選手は川野淳次(東京教大)、木村武夫(古河電工)のふたりだけ。この遠征には20人の選手をつれていったが、本番では人数をへらされるから、主力どころか全員東京大会と同じ顔ぶれになりかねない。
日本のサッカーの将来のために、この断層は恐ろしい。
日本代表チームの首脳陣は、もちろんこのことに気づいている。
長沼監督はこういっている。
「オリンピック東京大会のとき、日本代表チームの平均年齢は、24.1歳であった。(中略) 昨年来日した全ソ選抜は23.4歳、全英アマ選抜が23.8歳、そしてことしの1月来日した全西ドイツは23.6歳となっており、スタイルやシステムは異なっても、年齢構成は酷似している。
これに対して日本は (中略) 最近全西ドイツと対戦した代表チームの平均年齢は、26.1歳と4年前にくらべて、ちょうど2歳高くなっている」(日本蹴球協会機関誌4月号「若い選手を育てるために」から)
ぼくは、若い選手が伸び悩む最大の原因は、国際試合の機会が少ないことであり、これに対するカンフル注射は、若手を、とにかくヨーロッパに送りこむこと以外にないと思う。
八重樫選手は20回以上、杉山、釜本選手でも17〜8回はすでに海外遠征を経験している。しかし最近の海外遠征は、ベテラン選手で占められているので、未熟な若手になかなかチャンスがないのだ。
というわけで、ぼくは昨年以来23歳未満のジュニア日本選抜を、毎年ヨーロッパに出すことを提唱している。
協会の竹腰理事長にも、長沼監督、岡野コーチにも、以上のようなことを話したことがある。
■ 国際経験はヨー口ッパで
23歳未満の若手だけで海外遠征をすることについて、反対論がないわけではない。三つほどあげると ――。
(1)若手に素質のある者が少ない。ベテランの間にまぜて試合させないと効果がない。(いまの日本代表チームだって、8年前にソ連に遠征したときは、モスクワ・トルペドに8−0で大敗するような程度だったではないか。それが現在のチームにまでなったのだからその道を再び若手に歩ませたらどうか)
(2)相手国が受入れてくれない(一昨年Bチームをソ連に送ろうとしたら、文書一本で、ぴしゃっと断られたという。先方にしたら弱いBチームやジュニアではお客も集まらないし、トクにならないのだから当然である。しかし、経費は全額当方持ちで修学旅行に出すくらいの覚悟なら、やれるのではないか)
(3)お金がない(協会首脳部の話では、金は出そうと思えば出せるのだそうだ。しかし、なければ、ぼくたちであつめようではないか)
日本蹴球協会は、昨年度Bチームを台湾のアジア・カップ予選に送った。ことしは事業計画としては、なにも発表されていないが、マレーシアのムルデカ大会にBチームを旅費を負担して送るつもりらしい(マレーシアの
“ストレート・タイムズ” 紙による。Aチームなら向こうの招待になる)。
それも結構ではあるが、若い選手に旅をさせるには、旅先は慎重に選ぶ必要がある。
こんな会話を小耳にはさんだことがある。
「どんどん海外に出さなきゃいかんよ。アフリカヘでも、どこでもやろうや」「うん、そして新しいところを開拓しなくちゃぁな」
ベテランぞろいの日本代表チームがアフリカに行くのなら大賛成だ。しかし、教育途上の若い選手たちは、事情のわからない土地よりも、しっかりしたスポーツ組織を持つ国に送りたい。
だから “トウキョウ・ワンダラーズ” の遠征先は、当分の間、ヨーロッパに限ることにしたい。
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