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サッカーマガジン 1972年11月号

続・サッカー列島改造論
公共施設を使って “市民スポーツ・クラブ”を!!       

 日本列島を“サッカー列島”に改造する夢は、どうすれば実現するか? 前号の“サッカー列島改造論”は総論だったが、今月はその各論だ。サッカー列島実現のために、スポーツ界の流れを変えよう! 地域の拠点都市に、スポーツ・クラブを育てよう!

プロとアマがいっしょに
 この前(先月号)お話ししましたのは、田中首相の日本改造列島論にヒントを得て、日本列島をサッカー列島に改造するための総論でした。今回は引き続いて「サッカー列島改造論」の各論を考えてみたいと思います。これからの日本で、サッカーをますます盛んにするには、具体的にどんなことをしなければならないか、ということです。
 各論に入る前に、この前お話しした総論を、簡単に復習しておきましょう。
 この前に申しあげたことは
・ 国際的には多極化の時代、国内的には地域開発の時代に向かって“ワイドなスポーツ”であるサッカーが、これからますます盛んになることは疑いない。
・ 外国には25万都市にもプロ・サッカーがあり、それはスポーツ・クラブの制度と密着している。
・ したがって、サッカー列島改造の出発点は、地域の拠点都市にスポーツ・クラブを育てることである。
 というようなことでした。
 この中で、プロとアマの両方をふくむスポーツ・クラブのことは、日本には実例のないことですから、うまく理解していただけなかったかも知れないので、もう少し補足して説明しておきたいと思います。
 私は、ことしの3月に、フランス航空の招待で西ドイツのミュンヘンに行く機会がありました。そのときに、ミュンヘンの地元チーム“バイエルン・ミュンヘン”の試合を見にいったのですが、そこで見聞したことを一つお話ししましょう。
 私が見に行ったのは、西ドイツの全国リーグの試合です。西ドイツではブンデスリーガ(連邦リーグ)と呼ばれていて、選手たちはほとんどプロです。このシーズンは、バイエルン・ミュンヘンが優勝しましたが、このチームにはベッケンバウアーとか、ゲルト・ミュラーといった世界の超一流花形プロがいます。
 3月のある土曜日に、このバイエルン・ミュンヘンの試合を見にいったわけです。スタジアムに行くと入口の近くで、少年たちがパンフレットのようなものを、来る人たちに配っています。私にもくれたので、金を払おうとしたら「タダだ」という。よくみたら、これはバイエルン・ミュンヘン“友の会”の会報のようなものでした。
 この会報に、バイエルン・ミュンヘンのスポーツ・クラブに属している有名人が、その日の試合のスコアを予想した一覧表がのっていたのですが、その中になつかしい名前を見つけました。「アルミン・ハリー…3対0」というのです。ハリーは、1960年のローマ・オリンピック陸上男子100メートルで金メダルをとり、当時非常に話題になった選手です。オリンピック選手ですから、もちろんアマチュアです。
 このように、オリンピックに出るような陸上競技の選手が、プロのサッカー選手と同じクラブに属しているのです。日本でいえば、プロ野球のジャイアンツの中に、陸上競技の部門があって、王選手や長島選手といっしょに、マラソンの君原選手が練習しているようなものです。
 バイエルン・ミュンヘンのクラブは、すばらしいクラブ・ハウス、体育館、プール、陸上トラック、サッカー場などを持っていて、老人から子供まで、あらゆる年代の会員がやってきて、いろいろなスポーツを楽しんでいます。その中のサッカー・チームの1軍が、全国リーグに出ていて、1軍選手の主力だけが、プロとしてクラブと契約しているのです。このようなクラブ組織は、ヨーロッパや南米では、ごくふつうのもので、決して特殊な例ではありません。
 もう一つ、付け加えると、サッカーの全国リーグに出るチームの主力選手は、たいていプロですが中にはアマチュアもいるのです。
ミュンヘン・オリンピックのサッカーに出場した地元西ドイツ・チームのエースは、ヘネスという若い選手です。彼はミュラーやベッケンバウアーといっしょに、バイエルン・ミュンヘンのチームで活躍していますが、お金を貰って契約している選手ではないからオリンピックに出場出来るのです。
 つまり、サッカーでは“プロ選手”はいても、“プロ・チーム”という言葉は使えないということができるでしょう。

考え方を変えよう
 このようなプロとアマが共存しているスポーツ組織は、サッカーにくわしい人や外国のスポーツ・クラブを見たことのある人ならよく知っていることですが、日本では「プロといっしょにやるのは違反じゃないか」と奇妙に思う人が、いるのではないでしょうか。
 それというのも、日本のスポーツ界には、アマチュアリズムを極端にきびしく解釈する考え方が根強く残っていて「プロとアマとは隔離しなければならない」と思い込んでいる人が多いからです。このような考え方は「プロは汚れたものだから、さわっちゃいけない」という思想がもとになっているので、間違っていることは明らかだと思います。
 アマチュアリズムの問題に深入りすると、1冊の本ができるくらい大へんな議論になりますから、ここでは避けますけれども、このような極端なアマチュアリズムの解釈が、日本のスポーツのバランスのとれた発展をさまたげていること、特に地域を拠点とするスポーツ・クラブを育てて、サッカー列島改造しようとするには、大きな障害になりかねないことは、ここではっきりさせておきたいと思います。
 「プロとアマは隔離しなければならない」ということになりますとこれはどうしても「それじゃ、プロ・サッカーの球団を別に作ろう」という方に話がいきます。現在、日本でプロ・サッカーを作れといっている人の中にも、このような考え方の人がいるのではないかと思います。
 このようなプロ・サッカー球団は、スポーツを利用したお金もうけの団体、営利団体です。したがって、もうからないとなると、あぶくのように消えてしまうことになります。さっき申し上げたスポーツ・クラブの組織はそうではない。プロ選手にお金を払えなくなっても、クラブ自体がなくなるわけではありません。
 また、プロ球団は営利が目的ですから、地域に根を下ろしておりません。お金になりそうなところに、どこにでも移動します。プロ野球にも、フランチャイズ(地域権)の制度があることはありますが、この地域権は、営利主義のために、いかようにもねじまげられます。
 たとえば、いま東北の仙台で、野球場にナイター設備を作り、年間30試合のプロ野球公式戦を誘致しようという計画が進められています。これは、新しい球団を仙台に作ろうというのではないのです。よその地域のチーム同士の試合を持ってきて、仙台で興行だけをやろうというのです。
 こういうやり方だと、仙台市民の払った入場料の大部分は、2球団のギャラとして中央に吸い上げられ、地域に還元されることはありません。巨人対阪神戦が仙台で行なわれ、巨人がその興行収入を持ち帰り、その一部が王選手の給料になり、またその中から王選手が東京都に都民税を払う。仙台市民の払ったお金が東京都に入る。これでは地域開発にも、日本列島改造にも、ならないではありませんか。
 ミュラーやベッケンバウアーの場合は違います。彼らはミュンヘン市に市民税を払っているだけではありません。彼らの試合の地元の興行収入は、直接バイエルン・ミュンヘンのスポーツ・クラブのものになるのですから、利益はクラブのために使われます。先ほど申し上げましたように、クラブには老人から子供まで多くの市民が会員になって、いろいろなスポーツを楽しんでいます。そういう市民のスポーツ活動に利益が還元されます。
 お金の話ばかりするつもりはありません。少年たちが、王選手や長島選手と同じシャワーを浴び、同じ芝生を踏み、ときには王選手や長島選手を取り囲んで話をきくことが出来たら、少年たちの“スポーツする心”が、どんなに刺激されることでしょうか。
 プロの興行球団が作られ、アマチュアのいい選手が金もうけだけのために勝手に引き抜かれ、商品価値がなくなるとポイと棄てられる。アマチュア・チームは、プロの前には影がうすく、いつも貧乏している――そんな状態よりも、プロとアマチュアの共存するスポーツ・クラブの方がいい。そのために、日本のスポーツ界は、まず“考え方”を変えなければなりません。

スポーツ・クラブの条件
 プロとアマチュアの話ばかり、長々とし過ぎたようですが、私はなにも、いますぐ仙台や甲府に、プロ選手のいるスポーツ・クラブを作ろう、といっているわけではありません。日本では、サッカー列島改造のためのスポーツ・クラブは、アマチュアだけでスタートするのが順当だろうと思います。ただ、すでに西ドイツなどにお手本のあるスポーツ・クラブの実情を紹介し、プロ選手をふくむクラブさえ、地域の市民生活に根をはやしたものでなければならないというサッカーのあり方が、地域開発―日本列島改造にふさわしいのであることを、知っていただきたいと思ったのです。
 地域のスポーツ・クラブを育てるために必要なものが三つあります。それは施設と組織と会員(メンバー)です。芝生のサッカー・フィールドがあり、プールがあり、体育館があり、クラブ・ハウスがある。そこに専任の指導員(コーチ)がおり、管理人がいる。市民たちが会費を払ってメンバーになり、クラブの中でチームを作ったり、レッスンを受けたり、個人で練習したりする。それがスポーツ・クラブです。
 施設がない――と日本ではいいます。そうでしょうか。私はそんなことはないと思う。
 地方の拠点都市、つまり県庁所在地のような都市に行ってみると現在ではどこへ行っても、2万人くらい収容できる陸上競技場と、かなり大きな体育館があります。市民プールのあるところも増えています。サッカー場のある都市は、まだ少ないようですが、これもしだいに整備されてきているようです。
 「あれは県や市のものでね。公共的な施設ですからスポーツ・クラブには使えませんよ」といわれたことがある。“考え方を変えよう”というのは、そこです。スポーツ・クラブはその地域の市民のためのものですから、当然公共性のあるものです。「公共施設を特定のメンバーだけのクラブの専有物には出来ない」ということを聞いたこともありますが、市民ならだれでも入れるクラブにすれば、そんなことは問題にならないと思います。各地にある県営競技場、市営体育館、運動公園などをひっくるめて、そこに“市民スポーツ・クラブ”を作るべきです。
 大きなスタンドを持った施設はそんなにたくさんはいりません。現在でも陸上競技場は、2万人くらいのスタンドを持っているところが多い。これでさし当たりは十分でしょう。ただ、地方の陸上競技場は、砲丸投げやヤリ投げのピットが、フィールドに食い込んで、サッカーが出来ないようになっているものが多い。これをサッカーにも使えるように改装する運動を各地で起こすべきです。
 ナイター施設は、ぜひ欲しいと思います。イギリスのサッカー場にあるような四隅照明の設備がいい。こういうようなことについて蹴球協会は、もっと研究し、指導し、キャンペーンを起こすべきです。
 組織作り――この中には“考え方”と専従の職員の必要性と財政の三つの重要な問題がふくまれています。“考え方”については、すでに話しました。スポーツ・クラブは、プロ選手をふくむものでさえ、地域の市民のための公共的なものでなければなりません。したがって、必要であれば地方自治体、つまり県や市の援助があるのは当然です。
 クラブには、専従のコーチや職員が必要です。この点についてはまだ日本ではアマチュアの手弁当主義が幅をきかせていて、専門家の力を借りる習慣がついていませんが、それでも県営や市営の競技場にコーチを配置するところが少しずつ増えてきました。これをスポーツ・クラブの組織と、どうとけ合わせてゆくかが、これからの課題です。

強いチームを作ろう
 財政の問題――スポーツ・クラブを運営するお金を、どこから調達してくるのかこれは大きな問題です。
 地域のスポーツ・クラブは、公共的なものですから市や県の援助があって当然ですが、これは施設の建設、維持、管理の方に主として向けられるだろうと思います。
 クラブの運営費に、競馬、競輪などの公営事業の益金をもらうことは、当然考えられることですが、議論の多いところですから、ここでは触れないでおきましょう。
 ただ、西ドイツ、イタリアなどではサッカーくじ(トトカルチョ)の益金が、こういう方面に使われていることを指摘しておきましょう。
 会費は、もちろん取らなければなりません。クラブは不特定多数のものではなく、限定されたメンバーのものです。メンバーシップ(会員制)で、会費をとり、クラブの施設と組織を利用させるのです。「受益者負担」というわけです。しかし、公共的な性質のスポーツ・クラブで、そんなに多額の会費を徴収することは出来ないでしょう。
 4、5年前に西ドイツから“ボルシア・メンヘングラッドバッハ”というサッカー・チームが、日本に来たことがあります。このメンヘングラッドバッハは、人口25万人の小さな都市で、来日したチームは、その都市のスポーツ・クラブのチームです。このクラブは会員2千人で、サッカーのほかにハンドボールと卓球をやっており、2万人収容のスタジアムを持っています。25万の都市の典型的スポーツ・クラブです。
 このボルシア・メンヘングラッドバッハの会長さんと理事2人がチームといっしょに来日したので、一席設けて「スポーツ・クラブを成功させるには、どうしたらいいか」とその秘訣をきいたことがあります。
 そしたら、その3人が口をそろえて「まず強いチームを作ることだ」というのです。おなじみのクラーマー・コーチからも、同じように「スポーツ・クラブは、強いチームを作ることからはじめなければ成功しない」という言葉をきいたことがあります。
 西ドイツでは、強いチームを育てれば、入場料収入もふえるし、市民もクラブに身を入れて応援するようになる。会員もふえる。したがって、強いチームを作ることが、スポーツ・クラブを成功させる道なのです。
 「日本じゃあ、25万都市でサッカーの試合をやっても、そんなにもうからないよ」という人がいるかも知れない。いまのところはその通りでしょう。
 だが、たとえば甲府クラブ(甲府は19万都市です)が、ヤンマーといい勝負をするくらいの強いチームになり、釜本を地元に迎え撃って、2万人の観客を動員することは、そう大それた夢ではないと思います。1人300円の入場料で1試合600万円の収入です。
 地元の市民チームの試合なんだから、市長はじめ市民こぞって応援し、地元のマスコミである山梨放送や山梨日日新聞も全面的に協力する。同じようなことが、札幌でも、仙台でも、長崎でも出来る。それがサッカー列島改造の目標です。
 この夢を実現させるためには、こまかいことでも、いろいろ解決しなければならない問題があります。たとえば入場料収入やテレビ権利金の収入は、地元チームのものにすること、企業中心、学校中心の選手登録制度を社会体育振興のためにクラブ中心の登録制度に変えること、地域のマスコミ諸企業が地元のクラブを援助しやすいような態勢を作ること、などです。
 長くなりましたから、こまかいことは省略しますが、ここに私が述べたような考え方や将来への展望に、反対でも賛成でも、ご意見のある方は、ぜひ聞かせていただきたい。みんなで力を合わせて、サッカー列島改造の方法を考えようではありませんか。田中首相の日本列島改造論に反対の人でも、サッカー列島改造には賛成してもらうようにしようではありませんか。


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