アーカイブス・ヘッダー
     

サッカーマガジン 1972年10月号

サッカー列島改造論
地方の“25万都市”にプロ・サッカー・クラブを!!       

 田中新総理の登場以来、日本列島改造論が大はやりだが、われらサッカー・ファンの夢は、日本列島を“サッカー列島”に大改造することだろう。そこで、将来のサッカー列島はどうなるか? ここに、「サッカー列島改造論」を展開しよう!

 8月の終わりに、正月の全国高校サッカー選手権大会に協力する全国の民放テレビ局38社から、50人以上のディレクターとアナウンサーが集まって、サッカーのテレビ放送についての研修会をやりました。この記事は、そのときに頼まれて話をした内容の概要をまとめて、多少手を加えたものです。
牛木素吉郎

改造論二つの背景
 サッカー列島改造論というテーマで、お話ししたいと思います。日本のサッカーが将来どのようになるか、そのためにどんなことをしなければならないのか、というような内容で私の考えを申し上げるつもりです。
 サッカー列島改造論は、もちろん田中角栄首相の日本列島改造論から思いついたもので、日本列島改造論と大いに関係があります。日本の社会がどう変わっていくか、を考えなければ、日本のサッカーをどう変えていくか、も考えられないわけです。
 ところで田中首相の日本列島改造論には、二つの背景があるように思います。この二つの背景は、そのままサッカー列島改造論の背景でもあるわけです。
 一つの背景は、国際的な多極化時代が来たことです。これまでの日本は、経済的にも文化的にも、主としてアメリカの方ばかり向いてきた。しかし、いまは中国とも国交を正常化しようとしている。東南アジアとのつき合いも、なかなかむずかしいところにきている。アメリカのドルが落ち目になって輸入制限なんかやっていますから日本はヨーロッパや南米との経済的なつき合いを広げていかなければならない、という時代です。そのうちに、アフリカとの交流も重要になってくるだろうと思います。
 こういうアメリカ以外の国ではどこでも、サッカーがもっとも大衆的で人気のあるスポーツです。サッカーを抜きにして、こういう国との交流は考えられないといって、いいと思います。
 いまブームの中国でも、大衆的な人気ではサッカーが一番です。先日、三菱重工がサッカー・チームを中国に派遣したいといっているという記事が新聞に出ていました。三菱だけでなく、大手の会社チームは、みな同じようなことを考えています。
 そういうわけで、この国際的な多極化時代に、世界でもっともポピュラーなスポーツであるサッカーの重要性が、ますます増していくことは明らかです。
 日本列島改造論のもう一つの背景は、国内的なもので、地域開発の必要性です。東京には1千万人以上の人口が集まって、光化学スモッグの中でパクパクいってるのに地方の農村は過疎に悩んでいる。このような中央の過密、地方の過疎という社会構造のひずみをただすために、地方の地域開発の拠点として、いわゆる“25万都市”を育てる。そしてその25万都市をつなぐために、高速道路網、国鉄の新幹線網の建設を進めようというわけです。
 私は専門的な知識はないので、田中首相の日本列島改造論が、はたして正しいのかどうかわかりません。批判する人は、これは公害分散論だといっている。また、結局は地価の値上がりなどで、一部の人たちだけがもうけるだけに終わるだろうといっている。どっちが正しいのかは知りませんが、現在のような中央の過密では、将来どうにもならないこと、したがって地域の開発が必要なことは明白です。
 サッカーは、実に、このような地域開発にマッチしたスポーツなのです。どういう風にマッチしているのかを次に、お話しするわけですが、とにかく、国際的には多極化の時代、国内的には地域開発の時代に、サッカーを知らなくて生きていくことは出来ないであろう、というのが私の手前ミソであります。

サッカーはワイドなスポーツ
 私はサッカーは、ワイドなスポーツだと思っています。先ほど申し上げましたように、サッカーは国際的にも、世界でもっとも盛んなスポーツで、国際サッカー連盟に加盟している国は、140カ国以上あります。また登録競技者だけで2700万人、一般のプレーヤーを加えると2億人の人たちがサッカーをやっている。ファンの数は10億人といわれています。これは、陸上競技やバスケットボールなどの他のスポーツを、大きく引き離した数字です。イギリス人もサッカーが大好きだし、アフリカの人たちもサッカーに夢中です。このように国際的に、サッカーはワイドなスポーツです。
 だが、サッカーは国際的にワイドなだけではない。国内的にもワイドなスポーツなのです。というのは、ヨーロッパでも南米でも、サッカーのチームは、地方の各都市に分散して配置されていて、しかも、それが全国リーグのネットでもって、広くつながっているからです。
 これは、ちょうど民放テレビのネットワークと似ています。民放テレビ局は、地方の各都市にあって、それぞれ独立した存在です。しかし、地方局は、それぞれ独自の仕事をする一方、東京や大阪の中央のテレビ局と組んで共通の仕事をしています。これは田中首相の日本列島改造論に似ているではありませんか。
 外国のサッカーの組織は、やはり、このようなものなのです。本当に外国では、25万都市にプロのサッカー・チームがあるのです。だから日本のプロ野球にくらべたら、びっくりするぐらい小さな都市にプロ・サッカーがある。したがって全国では、プロ野球よりはるかにチーム数が多いのです。
 たとえば、イギリスはご承知のようにイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4地域に分かれています。そのイングランドだけで、全国リーグのチームが92チームもあります。1部と2部が22チームずつ、3部と4部が24チームずつです。これはほとんどプロといっていいと思います。そして、その下に地域のリーグがあります。
 ほかの国でも、だいたい似たようなものです。西ドイツの全国リーグは“ブンデス・リーガ”(連邦リーグ)と呼ばれていますが、これは14チームです。その下にベルリンを含めて5つの地域リーグがあります。
 イタリアの全国リーグは16チームです。この“16”というチーム数は、サッカーでは、ちょうど適当な数じゃないかと思います。
 というのは、サッカーのリーグは、ホーム・アンド・アウェーという方式でやります。これは2回戦制で、東京のチームと大阪のチームのカードなら、東京で1試合、大阪で1試合するわけです。
 一つのリーグが16チームであれば、その中の一つのチームは、地元で15試合、遠征して15試合の計30試合をすることになります。日曜(あるいは土曜)ごとに試合をすれば、1シーズンは30週になります。イタリア・リーグはこの方式です。
 1年は52週に決まっていますから32週はその3分の2弱となる。リーグのシーズンとして、ちょうどいい長さだと思います。

日本にもプロが出来るか
 このように、外国ではプロ・サッカーが、“25万都市”を拠点にしてワイドに広がり、ワイドにつながっています。そこで問題は、この外国のサッカーのような組織が、田中首相の日本列島改造論に乗って、日本にも出来てくるだろうか、ということです。
 現在、日本のサッカーの全国リーグは、プロではありませんが、日本サッカー・リーグとして組織されています。今年から2部リーグが出来て1部8チーム、2部10チームです。来年からは2チーム増やして、1部10チーム、2部10チームにすることになっています。
 将来、1、2部合わせて一つのリーグになるか、あるいは、1部、2部ともチーム数を増やして、それぞれ16チームずつくらいになるかはわかりませんが、いずれにせよ、全国リーグのチーム数は増えていくことになると思います。
 その場合、日本リーグの全チームが東京、大阪に集中するようでは仕方がない。中央の過密と地方の過疎を解消していこうという日本列島改造の時代に、そういうことでは、時代に逆行することになります。ここはどうしても、サッカー列島改造で、強いチームを地方に育て、日本リーグをワイドにしなくてはいけません。強いチームの中央集中を防ぐ対策が必要になるでしょう。
 「そんなに地方チームにたくさん入られたら、日本リーグは遠征に時間と金がかかり過ぎて、やっていけなくなるんじゃないか」と、そんな疑問を持つ方がいるかも知れません。しかし、田中首相は近い将来に、日本列島は全部“1日生活圏”の中に入るというのです。
 いま、東京と大阪は新幹線で3時間10分です。私は午前中に東京を出て、午後、神戸でサッカーの試合を見て、原稿を書いて、夜は東京に帰っていることもあります。
 東京と大阪は、すでに1日生活圏に入っています。近い将来、日本リーグに入り得るチームの本拠地をあげてみましょう。北から札幌、仙台、東京、横浜、静岡、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、北九州、福岡あたりはどうでしょう。ほかに甲府や四日市のような都市もあります。
 いまあげたのは太平洋岸の都市ですが、田中首相の日本列島改造論は、将来は“日本海時代”だというのですから、秋田、新潟、金沢、富山、福井などもあげなくてはなりません。実際に、ソ連や朝鮮民主主義共和国の日本海側の都市と、これらの都市が日常茶飯事のようにサッカーの試合をする時代が、すぐ来るに違いないのです。いや、すでに計画をたてている都市もあるのです。
 経費の問題も、大きな視野でみれば、それほど解決困難とは思われません。日本は間もなく、アメリカにつぐ経済大国になるだろうといわれているのです。西ドイツやイギリスで成り立っている全国リーグが、日本で出来ないはずはありません。

地域のクラブを開発しよう
 このような地方都市のチームも将来プロになるのでしょうか。
 結論から申し上げれば「その通り」です。日本リーグでやるようなチームは、強くなくてはいけません。仕事の余暇にやるアマチュアよりも、本業でやるプロの方が強いのは当然です。だから将来は日本リーグに出場する選手は、原則としてプロになるでしょう。
 ただし、サッカーのプロは、野球のプロとはやり方が違うのだということを、おぼえておいていただきたいと思います。
 いま日本のプロ野球は12球団ありますけれども、巨人以外はみな赤字です。だから、たとえば東北の仙台に、新しいプロ野球の球団を作るのは、なかなか困難でしょう。しかし、私はサッカーのチームなら出来ると思う。それは組織のあり方が、まったく違うからです。
 どう違うかといえば、まず第一に、野球ではプロとアマは、まったく別ですが、サッカーでは、プロとアマが一つの組織の中にいます。プロもアマも、同じサッカー協会に加盟していて、プロとアマが試合をすることも出来ます。先ごろ来日したブラジルの“サントス”は世界的に有名なチームで、選手はペレをはじめ、みなプロですが、アマチュアの全日本と試合をして、なんの支障も弊害もありません。
 第二の相違点は、プロ野球の球団は興行団体ですが、サッカー・チームはスポーツ・クラブに属しているということです。
 ドイツや南米などのラテン系の国、あるいはソ連などの社会主義国でもそうですが、こういう国のスポーツ・クラブは、サッカーだけでなく、いろいろなスポーツをやっています。またサッカーのチームも一つでなく、プロ、アマチュア、ジュニア、ユースなど、いろいろあります。
 そればかりではありません。サッカーでは一つのチームの中で、プロとアマチュアが一緒にプレーすることが出来ます。プロ野球の巨人軍で長嶋はプロ契約をしているが、王選手は「ぼくはお金はいらないから」といえばアマチュアのまま野球が出来るというような組織です。
 こういう組織には、利点があります。まず選手にとっては、プロ選手をやめても、サッカーを続けることが出来るし、別に仕事を持って試合しながら、プロ契約をするチャンスをうかがうことが出来ます。またチームの方からみれば一流の選手には十分の金を払ってフルタイムのプロとして契約し、二流の選手はパートタイムで使い、将来性のありそうな選手は、アマチュアとして使ってみるというやり方が出来ます。したがって経済的に選手と契約できます。
 たとえば、仙台にチームを作ろうとすれば、まずアマチュアのクラブからはじめて、一部がパートタイムのプロとなり、しだいにフルタイムになるというように進んでいくだろうと思います。
 このようなスポーツ・クラブはなによりも、その地域に密着したものでなければなりません。またチームの入場料収入は、アマ、プロを問わず、その地元のクラブのものにならなければなりません。 そのほか、いろいろな条件が考えられるわけですが、今回は余裕がないのでサッカー列島改造のための大前提は、「地域に密着した、25万都市のスポーツ・クラブを開発することである」とだけ申しあげて、終わりと致します。


アーカイブス目次へ
次の記事へ

コピーライツ