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サッカーマガジン 1972年8月号

アヤックス特集=その2

ぼくの見たアヤックス

●アーセナル対アヤックス戦
 ぼくの見たアヤックスの試合は 1971〜72年度のヨーロッパ・クラブ・チャンピオンズ・カップ準々決勝の第2戦、3月22日にロンドンで行なわれたアーセナルとの対戦である。
 アヤックスは前年度のヨーロッパ・チャンピオン、アーセナルはイングランドの2冠王。このシーズンのヨーロッパでは、指折りの好カードだった。
 この試合は、スコアと得点経過を見ただけでは「ひどい試合だ」と思われても仕方のないものだった。アヤックスが1対0で勝ち、しかも、その1点はアーセナルのバックの自殺点である。
 この準々決勝の第1戦は、2週間前の3月8日にアヤックスの本拠地のアムステルダムで行なわれアヤックスが2対1で勝っている。
  立ち上がり1分に、アーセナルに絶好のチャンスがあった。アヤックスの左のバックのクロルがパス・ミスをし、それをマリネロがひっかけて独走、ゴールキーパーと1対1になった。「プロならはずしっこない」と思われる場面だったが、シュートは思い切って飛び出したGKストイの正面に飛んだ。
 この最初の絶好機を逃がしたのが、アーセナルに大きく響いた。15分に今度はアーセナルのバックがミスをする。

●アヤックス・サッカーの良さがアーセナルのミスを誘う
 アヤックスの左サイドからのスローインを、クロルが後方から前へ出て受け、そのままゴール前へ送る。なんでもないようなボールだったが。アーセナルのグラハムが、これをヘディングでうしろヘパスしようとしたのが自殺点となった。GKのウィルソンは、ボールをとろうと前に出かかっていてグラハムのバック・パスと入れ違いになった。プロらしからぬ連係のミスである。
 この得点経過だけをみると、あまり見どころのない試合だと思われても仕方がないところである。
 しかし、実際には、アヤックスのサッカーの良さは、この試合でも充分発揮されていた。グラハムの自殺点は、たまたま生まれたわけではない。ミスには違いないが、アヤックスの方が、相手を追いつめてミスをさせたのだということも出来る。
 グラハムのミスを誘い出した条件は、アヤックスのプレーの速さだと思う。アヤックスは、守備から攻撃への切り換えが実に早い。ボールを奪ったとたんに、相手チームのもっとも守りにくいところを、すばやくついて攻め込んでくる。守っている方にとっては息つくひまがない。このアヤックスのはやさに対する恐れが、グラハムのミスを生んだのだと思う。
 ボールがタッチラインの外へ出たとき、クライフがすばやく拾ってスローインをした。このスローインを、すばやくやったことが、ミスを誘い出した第一条件である。
 このクライフのすばやいスローインを、左のバックのクロルが、早くも前進していて受けて、すかさず中央へ送っている。この判断のはやさは、グラハムのミスを誘った第二の条件になった。
 ボールが中央へ送られたとき、右サイドから、シュバートが猛烈な勢いで走りこんでいた。アーセナルの守備陣は、そっちの方にも注意を分散させられていた。これがミスを生んだ第三の条件だった。

●狭い攻撃ラインと守備ラインの幅
 前半10分でビジターのアヤックスが1対0でリードした。ということは、アウェーでの得点は2倍になるのだから、2試合通算すると2−2の同点から4−2の2点差になったのと同じである。アーセナルは、無理をしても攻めなければならないし、アヤックスは、とにかく守り抜けばよい。攻撃力で定評のあるアヤックスが、そのあとの75分間、カイザーとクライフによる反撃を、ちらつかせながら、アーセナルの攻めを防ぎ抜いた。これが、この試合の見どころとなった。
 アヤックスの試合ぶりで、非常に目立ったのは、攻撃ラインと守備ラインの間が、非常に狭いことである。
 アヤックスのフォワードは、深く戻るのが特徴である。左ウイングのカイザーは、中盤から出ていく足が見どころだといわれていたが、クライフも、しばしば中盤まで戻っていた。
 一方、バックラインの4人は味方のボールになると、すかさず前進して、相手のフォワードを後に取り残そうとする。
 味方のゴールキーパーにボールが渡ったとき、バックラインの4人が、いっせいに前にあがり、最前線のフォワードが、ボールを受けにもどったため、アヤックスのフィールド・プレーヤー10人が、ハーフラインの内側、5〜6mくらいの幅の中に、みんな入って、帯のようになって見えたことがあった(図2)。これは極端な例だけれども、ボール・コントロールに自信があって、味方のボールを容易なことでは相手にとらせないのであれば、中盤で密集地帯を作り、そこへ相手を引きずり込んでから展開するのも策である。
 一方、攻撃では密集した中盤からの、すばやい展開がカギになる。

●一流剣士の一筋打ち
 この試合が行なわれている間、超満員のアーセナル・スタジアムに充満していた熱気と迫力は、ちょっと筆では表現できないものであった。
 ワールドカップの、あの熱狂的なふんい気とは、また一種違った、緊迫したものがある。
 ワールドカップの試合を、陣容を整えた大軍同士の大会戦とすれば、単独チーム同士のタイトル・マッチは、一流剣士の一騎打ちである。
 すきあらば一刀のもとに切り捨て、あとは荒野に月の影。
 非情冷酷なすさまじさが、単独チーム同士の真剣勝負には感じられた。


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