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サッカーマガジン 1970年4月号
牛木記者のフリーキック

―ぼくの提案―
規律委員会を作ろう

踏切り番の話
 はじめに、笑い話をひとつ。
 ある町に、無人踏切りがありました。いなかの町のことですから、それほど通行人が多いというわけではない。
 しかし、危険でないとはいえないので、踏切り番を置くことにしました。
 1年たって、さいわいに事故は一度もおきませんでした。
 町の人たちは、いいました。「なあんだ、事故がないんなら、踏切り番を置くことは、なかったんだ」
 今月は、サッカーの踏切り番の話を書こうと思います。


退場事件の真相 
 傑作――といっては申しわけないが、ぼくの覚えている審判をめぐるトラブルの中で、いちばん珍妙だったのは、1967年度の日本リーグのある試合で起きた「ゴールキーパー退場事件」です。
 新聞にものったからご記憶の方も多いに違いない。ただ当時の新聞は関係者に多少遠慮をして、そう突っこんだことは書きませんでした。地方でのゲームでしたが、ぼくはたまたま現場に居合わせたので真相を知っているわけです。
 「いや、そうではない。お前の真相は間違っている」という関係者がおられるかも知れない。いまとなっては水掛け論ですが、ぼくの感知する限り、真相は次の通りです。
 その試合の一方のチーム(かりにAとしましょう)のゴールキーパーが、主審に退場を命ぜられたというのが、ことのはじまりです。退場にした主審の処理が妥当であったかどうかは、ここでは取り上げないことにします。とにかく退場にしたのは主審の権限です。問題はその次にある。
 Aチームは、ゴールキーパーなしの10人になった。そこで、すぐに、ベンチにいた第2ゴールキーパーを、10人のうちの1人と交代出場させようとしました。ところが主審は、この交代を認めないのです。「退場させられた選手の補充はできない」というのです。
 はっきりさせたいのは、Aチームは、退場させられたゴールキーパーの代わりに、11人目の選手を補充しようとしたのではないことです。選手数は10人になった、その10人の範囲内で選手交代をして、サブのゴールキーパーを入れようとしたわけです。
 主審が選手交代を認めないので、Aチームは、フィールド・プレーヤーの1人を臨時にゴールキーパーに仕立てて試合を続け、大敗したわけですが、話は結局「Aチームのコーチが、補充ではなく、交代だということを、はっきり主審に伝えなかった」ということでチョンになりました。
 だが、ぼくは真相を知っている。チームの監督は、試合中に本部席のところ(隣接して記者席があった)で、交代は可能であることを確かめているのです。
 また試合のあと、主審は質問攻めにあったわけですが、そのときの最初の5分間ほどは「補充でなければ、ゴールキーパーの交代はできる」ということを、理解しませんでした。したがって、試合中にAチームから選手交代の申し出があったとき、その申し出の内容を主審は理解できなかったのだと、推察できます。Aチームのコーチの表現が十分でなかったかも知れないが、それよりも、審判の理解力のほうが欠けていたのではないか、と思うのです。

規律委員会
 さて、ぼくは今になって審判員を責めようとは思いませんが、仮に主審の誤りだとしても、審判員だって人間だから、間違いはあります。
 しかし、被害を受けたAチームには、どのような道が残されているのでしょうか。  
 以下は仮定の問題ですが、Aチームが日本リーグの運営委員会に提訴したとする。その場合、他に実例があるのですが、運営委員会は、これを日本蹴球協会の審判委員会に回付するだろうと思います。
 ところで日本蹴球協会の審判委員会は、たとえばFIFAの審判委員会(Referees Committee)とは、まったく違うのです。日本蹴球協会の審判委員会(本当は審判部と呼ぶべきかも知れない)は、7人の国際審判員で構成されているらしい。つまり現役の審判員によって構成されている。審判員が巻き込まれているトラブルを、同じ審判員の仲間が裁定するのは公正であるといえるでしょうか。
 ぼくは、このようなケースを裁定するのは、規律委員会(Disciplinary Committee)の仕事だと思います。
 規律委員会は、審判部からも、チームからも、独立のものでなければなりません。人数はごく少数(3人くらい)でいい。審判やルールの専門家である必要もない。しかし、サッカーについて多角的な知識と経験を持ち、円満な社会的常識を持ち、だれからも信頼される地位と人柄の人物でなければなりません。
 また規律委員が、すべての試合を見る必要はありません。問題の試合を見ていた必要もありません。
 規律委員は、審判と公式査察者(Inspector)の報告をみます。ここにあげた例のように、審判自身がまき込まれている事件ならば、公式査察者の報告だけをききます。当然、査察者は、チームに利害関係を持つ者や現役の審判員であってはなりません。規律委員と同じような立場の人を、試合ごとに指名します。
 規律委員会は、必要ならば関係者から公平に事情を聴取したり、ルールなどについて専門家の意見をきくこともできるでしょう。
 こうして下された規律委員会の裁定は最終的なものです。サッカーの場合には相当にひどい、社会正義に反するようなケースでない限りは、勝敗の結果が変わったりすることはないでしょう。しかし、選手や審判員に対して、戒告や出場停止を命じるようなケースは、出てくるだろうと思います。
 また、規律委員会は、サッカーから不公正をなくし、みんなが明るくプレーを楽しめるようにするためのものです。
 だから、トラブルの裁定をするだけでなく、審判の態度や選手のマナーについて、積極的に勧告を出したり、通達をまわしたりします。

仕事がないから
 規律委員会は、FIFA(国際サッカー連盟)にも、多くの外国のサッカー協会にも設けられていますが、日本にはありません。査察者の制度もありません。
 ぼくは、日本蹴球協会や各地の蹴球協会が、この制度を採用するよう提案します。取りあえず、日本リーグだけでも採用してほしいと思います。
 実は、数年前に関西の協会で規律委員会を作ったことがある。ところが、1年たって、「たいしてやる仕事がないから」と、つぶしてしまって、総務委員会の中に吸収したとかいう話です。 
 規律委員会は、裁判所のような仕事もするわけですから、独立した存在でなければならない、行政的な仕事をする委員会といっしょにしてはいけません。
 また「仕事がない」というのは、結構なことではありませんか。、はじめに書いた踏切り番の笑い話と、似ていると思いませんか。


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